神狼の街とメイド妖精
『皆さま、王都レガリアではお金は使用できましぇん。すべて妖精たちへの感謝で支払いましゅ』
リッタがレガリアでの注意事項などを説明してくれている。人族の街とは、違い過ぎるので、迂闊な行動が問題になりかねないからだ。
「感謝って……ありがとうって言えば良いの?」
『その通りでしゅ、勇者さま、妖精はいわば趣味や生き甲斐でものを提供しているので、褒めてもらったり、感謝されるのが何よりの報酬なのでしゅ。金銭を渡すことは侮辱になるので絶対にしないでくだしゃいね』
へえ、日本におけるチップ問題みたいだな。面白い。
『あ、もちろんあくまでも基本的にでしゅよ。中には通貨を集めるのが趣味みたいな妖精もいましゅし、魔力や少量の血を要求する妖精もいましゅ』
ケースバイケースか。面白そうだが、初心者には厳しいな。
『私たちと一緒なら問題ない』
『安心して街をまわる』
ルクスとラクスがいてくれて良かったよ。リッタは方向音痴過ぎて別の意味で心配だからな。
***
最初は怖々と妖精と接していたみんなも、次第に慣れては来たようで、ずいぶんレガリアの街を楽しめるようになってきたようだ。屋台の食べ物や、気に入った工芸品などを見つけては、ゲットしている。もちろん店主への感謝は忘れない。
中には変なことを要求してくる変態妖精もいるが、妖精巫女が一緒なので、今のところトラブルはない。俺たちの側にはだけどね。
レガリアの街は複雑に入り組んでいて、建築様式もバラバラ。統一感がなく、さながら都市迷宮のようだ。それでも目的地の妖精宮は街のどこからでも確認できるし、迷いようが無い。それでもリッタは迷うらしいけど、そこまでいくと逆に凄いよな。
「ところで、ルルさまは、里帰りしなくていいのか?」
実家がケルトニアだと言っていたが、今のところ俺たちと行動を共にしている。
『うむ、実家がここレガリアだからな。母さまはこの街の中心部に住んでいる』
ちょっと待て、神狼がこんな都会に住んでいるのか? もっとこう神秘的な森の奥とかにいるのかと思ったよ。勝手なイメージですまんな、ルルさま。
『もしかして、ルルは、ララの娘?』
『ララにこんな大きな娘が……』
どうやらルルの母親の神狼は有名人?らしい。そりゃあそうか、なんたって神狼だしな。自慢げに尻尾を振っているルルさまが可愛い。全力でモフる。
「そうです、ルルさまは凄いのです」
「さすがは我が国の守護聖獣様だ」
ハクアと義父上も、ここぞとばかりにルルさまを持ち上げる。おおっ、尻尾で空を飛べそうだよ!?
「神狼ララは、巨人との戦いの際、この街を囲む壁を創り出した妖精界のいわば英雄です」
アリエスも興奮気味に力説する。すげえな神狼、こんな壁創り出すとか、うちのモグタンにできるだろうか? いや出来ない。というか仮に出来たとしても、奴は真面目にやらない。ある意味信頼している。
「御主兄様!! 事件です!!」
「ああ、俺も妙な魔力の動きを感じた。ちょっと行ってくる」
「先輩、お嫁さんゲットだぜ!」
平和なレガリアの街で騒ぎを起こすとは不届き千万。
美琴の発言は華麗にスルーして、事件の発生場所に向かう。
***
くっ、私が付いていながらなんたる失態。
まさか、国宝級の罠を使ってくるとは……
もちろん、警戒はしていた。宝物庫から国宝級のアイテムが何点か盗まれていたのが判明したのが一年前。これまで国内で使用された形跡がなかったので、犯人は国外へ逃亡したと思われていたが……まさかすぐ足元に潜んでいたとは。
だが、万一の可能性も考えて、事前に通行ルートは徹底的にチェックした。
確かに魔力指定型は、発動しない限り発見はほぼ不可能。でも、ある前提で探せば、僅かだが特殊なパターンの魔力を放出しているので見つけられないことはない。少なくとも私には。
それにも関わらず、かいくぐったということは、まさか、私の行動パターンが読まれていた? いや……それはないか。毎日パターンは変えている。
となると、チェックした後に設置したのか。毎日設置しては撤去、その繰り返しをしていたのだろう。一体いつからしていたのか分からないが、とてつもない執念……いや、妄執と言ったほうがいいのか。
全てはフェリスさまを手に入れるため。全資源を集中投入していたのだろう。敵ながらたいしたものだ。方向性は違えど、殿下に対する思い入れならば、理解が出来てしまう。他でもない私がそうなのだから。
考えを巡らせている間も集中力は研ぎ澄ませている。
フェリスさまを手に入れることが目的ならば、すぐに身に危険が及ぶ可能性は低い。暗殺目的なら、罠など使う必要はないのだから。
今回使用された魔力指定型の罠は、いにしえの勇者または英雄が生み出したアーティファクトの一つだと云われている。発動すれば、外部からの干渉はもちろん、発見も不可能。
だが、設置型ゆえに、捕えた者を連れてゆくには、一度罠を解除する必要がある。その瞬間こそ、最後のチャンス。この命に代えてもフェリスさまを奪取する。
しかし……最悪の場合、それすら難しいかもしれない。
昨年盗まれた国宝は4点、一つは今回使用された魔力指定型の罠、残り三つが厄介だ。特に、おそらく逃走用に使用されるであろう転移系のアーティファクト。それを使われたら追跡は困難になる。
いつの間にか歯を食いしばり過ぎて血が流れている。私としたことが、少々感情的になっているようだ。深呼吸をして冷静さを取り戻す。余計な事は考えない。今はフェリスさまを取り戻すことに集中しなければ。
私を助けてくれて、育ててくれて、生き甲斐を与えてくれたあの方を失いたくない。私にとって、フェリスさまは世界そのものなのだから。
「っ!? な、何?」
とんでもないモノが凄い速度で近づいてくる。
生まれて初めて感じる感覚……存在の次元が違い過ぎて、上手く把握できない。敵……ではないと思う。悪意は全く感じない。むしろ……何だろう、陛下や殿下に似ているようで、でもやっぱり違う。
本来ならあり得ないことだが、私は防御姿勢もとらずに、あろうことか、その存在に目を奪われていた。見惚れていたのだ。その全てを包み込むような温かい魔力。魂ごと溶かされそうな優しい眼差し。
「異世界から来た英雄カケルだ。困っているみたいだなパルメさん? 俺が来たからにはもう大丈夫だ」
全身から力が抜けるのがわかる。まだ何も始まってもいないし、解決だってしていない。
でも、『もう大丈夫』 そう言われた瞬間に思ってしまった。ああ、もう大丈夫なんだって。理解してしまったのだ……私の心が。
崩れ落ちそうな私をそっと抱きとめてくれた英雄さま。
フェリスさま、ごめんなさい。こんな時なのにときめいてしまった私をお許しくださいね。