妖精王女フェリス
「フェリス殿下、国王陛下がお呼びです。至急、白の間へお願いします」
「わかったわ、すぐ行くと伝えてちょうだい」
私が返事をすると、使いの男は顔を真っ赤にしながら下がっていった。
白の間……うわあ……パパってば怒ってる。手紙の件、たまたま近くにいたリッタに押し付けたのはさすがに私の人選ミスだったけれど。そんなに大事な手紙なんだったら、最初に言いなさいよね!
仕方がない、素直に謝って今度は私が届けるしかないか。
でも、面倒だし憂鬱。ディズリーだって私の事情知っているはずなのに、何で私に行かせようと思ったんだろう? まあ、たぶん早いからでしょうね。何か急いでいたみたいだし。
考えながらも白の間へと向かう。
その間にも、王宮中の男たちは皆私を見てため息をつく。呆れているのではない。恋する吐息だ。
モテ過ぎるのも考えものね……。
私はパパの魅力をそのまま受け継いだせいで、めちゃくちゃモテる。視線を向けるだけで、ほとんどの男は落ちる。話しかければ間違いなく落ちる。正直うんざりしている。
そりゃあ、望めば逆ハーレムだろうがなんだろうが思いのままなんだけれど、私はパパとは違う。そんなこと望んでいないの。
私は恋したいの。おとぎ話のような恋がしてみたい。私が好きになった人と一緒になりたいの。
でも……そう思いながら早50年。そんな運命的な出会いなんてどこにもなかった。
そうだ……行ってみようかな? 勇者学院。もしかしたら……私の探している人はそこにいるのかも。いいえ、絶対そうだわ。そうと決まればさっそくパパにお願いして……
国内に居ないのであれば、外に探しに行くしかない。そんなことを考えながら、白の間に到着する。
この部屋は嫌いだ。昔からお説教をされるときは、決まってこの部屋だったのよね。
***
「フェリス、そういう訳だから、今度はしっかり頼むね?」
散々お説教をされた後、書き直した手紙を渡される。やれやれ、わかりましたよ。
じっとパパの顔を見つめる。唯一私の視線を受けても大丈夫な男性。確かに格好良いのは認める。父親じゃなければ、パパでもいいかなと思ったことは正直ある。小さいころは本気でお嫁さんになるつもりだったし。
だって、周りの女性、ほとんどパパのお嫁さんなんだよ? 当然私もなれると思うでしょ? なれないとわかった時の衝撃は、今でも忘れられない。なんで私だけって泣いたっけ……。
でも、これはこれで面白い。たくさんのママに、たくさんの兄弟妹。
……ちょっと待て、もしかして相手が見つからないのって、半分パパのせいじゃないの? ほとんど兄弟だし? 駄目だ……やはり勇者学院一択。留学しようそうしましょう。
「ねえ、パパ。お願いがあるんだけど?」
「うん、なに? パパにできることならなんでも聞くよ!」
パパは基本的に親バカだ。数えきれないほどいる子ども全員ちゃんと憶えていて、愛情も注いでいる。その点だけは本当にすごいと思う。国の未来は真っ暗だけどね。どうするつもりなんだろう割と本気で。
「私……勇者学院に留学したい」
動機は不純だけど、ほとんどの王族の目的は伴侶探しと恋愛目的みたいだし、構わないよね?
「おお……ようやく行く気になったの? もちろん構わないよ。すぐ手配するね!」
やった! なんか急に楽しみになってきた。さっさと用事終わらせてしまおう。
「パパ、じゃあ行ってくる!」
来た時とは違って足取りも軽い。部屋へ戻ると、荷物をまとめて出発の身支度をする。本当なら、身軽に行きたいところだけど、さすがに王女が手ぶらで出かけるわけにもいかない。
「出かけるわよ、パルメ」
専属のメイド妖精に声をかける。もちろんただのメイドじゃない。護衛から暗殺までなんでもござれの凄腕だ。本人は普通のメイドだと言い張っているが。
正直能力の無駄遣いだと思う。メイド妖精はメイドをすることが好きな種族だから、何も言わないけれど。
「すでに準備整っております。まいりましょうか」
さすが有能。一言も説明していないのに、なぜか何でも知っている。もう慣れたけど、冷静に考えると怖いわね。国家機密が漏れてますよ?
ここから飛んでいければ早いのだけれど、結界内では飛行出来ない。厳密にいえば出来なくはないが、馬の方がはるかに早い。妖精門を出るまでは、馬車を使って行くしかないのだ。
考えてみれば、妖精宮を出るのも久し振り。いつもは騒ぎになるから面倒だけど、今日はパパから借りた魅力封じのマスクとローブを着ているから安心だ。せっかくだから、少し街を見て回ってもいいかもしれない。
「フェリスさま、効率良く回れるルートはお任せください」
さすがパルメ、相談する必要すらない。絶対心の中読まれているわね……
「さすがにそれは無理ですよ? フェリスさま」
ひぃう!? やっぱり読んでるじゃない!!
***
広大なケルトニアだが、大きな街はここレガリアと港町フェアリーだけだ。
基本的に妖精はあまり群れないし、種族間の価値観や生活スタイルが違い過ぎて集団生活には向いていないのだ。
それでも、巨人との戦いの最中、緊急避難的に生まれたこの大都市ではあったけれど、戦いが終わった後も住み続けている妖精が、今もこうして営みを続けている。
妖精と言っても多種多様。集団生活が好きな妖精も意外に多い。
「でも、いまだにお金は浸透しないわね」
「仕方ないです。フェアリーのように人族がおりませんからね」
ガクンッ
一瞬、宙に浮いたような浮遊感のあと、辺りが真っ暗になる。
「くっ、これは罠? しかも魔力判別式……ということは、間違いなく私を狙って……」
マズいわね。完全にパルメと分断された。
魔力判別式の罠は、特定の魔力パターンに反応して発動するため、発見は難しい。もちろんパルメの失態ではない。
そんなとんでもなく貴重なものを使ってまで、私を捕らえようと思わせた私自身の責任。
とにかく、早くここから脱出しないと。
状況を把握しようとした瞬間、背後に気配を感じて反射的に振り返る。
「ククク、ようやく貴女を手に入れることができる」
暗闇の中、男の低く暗い声が聞こえてくるのであった。