オールラウンダーの矜持
食事を終えた俺たちは、再び王都に向けて移動を再開する。
『英雄、どうした? なんか元気ない……』
『英雄、最後のハンバーグ、私が食べたから怒ってる?』
そんなことないぞ。美味しそうに食べるルクスに癒されてたからな。
『ルクスさま、ラクスさま、カケルさまは、牛の妖精に失望されておいでなのです』
ひ、ヒルデガルド!? 勝手に心を読まないで!?
『なんで? 牛妖精美味しい……』
『ハンバーグ! ハンバーグ!!』
『カケルさまは、ミルクが飲みたいのです。さらに申し上げれば、見目麗しい女性のミルクがお望みなのです』
くっ、ヒルデガルドのやつはっきり言いやがって……言い難いことを代わりに代弁してくれてありがとうございます。
『ミルク? 白い液体のこと?』
『ミルクを出す妖精ならいる……ちょうど前を歩いてる!』
確かに前方に若い女性が歩いているのが見える。普通の女性に見えるけれど、こんなところを歩いているんだから、おそらく彼女も妖精なんだろう。
「先輩、バンシーって泣き女だっけ?」
「ああ、こっちの世界ではどうかわからないけどな」
鑑定ではバンシーとなっている。やはり妖精か。名前だけはやたらとシンクロ率が高いこの世界だが、設定が微妙に違うので非常に厄介だ。
『バンシー、ミルク出す』
『バンシー、捕まえる』
馬車から触手が伸びて、バンシーを捕らえることに成功する。俺たち完全に悪者だよな?
『ひぃっ!? 妖精巫女さま……な、なにか御用でしょうか?』
可哀想なぐらい震えているバンシーの女の子。
『バンシー……ミルク出して』
『バンシー……英雄に飲ませて』
うぇ!? なにそれ、バンシーってミルク出せるの? むふふ。
『わ、わかりました、英雄さま、どうぞ』
そういって泣き始めるバンシー。目から溢れ出る白い涙。うん、無理。
『英雄、早く飲む!!』
『英雄、飲んで元気出す!!』
二人の思いやりの暖かさと、涙を飲めとか言われる厳しい現実に泣きたい。
美女の涙をなめるように飲むなんて、断じてみんなに見せられる絵面ではない。しかし、わざわざ俺のために用意してくれたラクスとルクス、そして無理やり捕らえられて、泣くことを強要されているバンシーのためにも無駄にはできない。
それに、多少変態に見られたとしても今更ではないか? よし……飲もう。
『うはあああああああ!? き、気持ちいです英雄さまああああああ!?』
なぜか気持ちが良いと絶叫するバンシー。止めてくれ……俺の変態感が天元突破してしまう。
『ふーん、こんなのが好きなんだ、英雄……』
『ふーん、変態さんなんだ、英雄……』
誤解なんだ、ルクス、ラクス!!
『もっと、もっと飲んでええええ!!』
頼むから黙ってくれ、バンシーいいいいいい!?
「先輩……これはちょっと……」
「カケルくん……俺も無理かな……」
くっ、裏切り者ども。
だがな……これだけは言っておく。バンシーのミルクまじ至高!! やばいぐらい美味しい。
バンシーのお姉さんと連絡先を交換して王都へ向かう。
『見えてきた、あれが王都レガリア……』
『あの川を越えればもうすぐ……』
おおっ、遠目に見えてきたのは巨大な壁。距離を考えたらとんでもない高さの壁だとわかる。何のためにあんなに高い壁が必要なんだろう。
さらには、王都を目前にして立ち塞がるは大きな川。川幅は優に1キロはある大河だ。
「橋が架かってないみたいだけど、どうやって渡るんだ?」
見たところ、確認できる範囲に橋らしきものは見当たらない。
『大丈夫、まな板の妖精にお願いする……』
『心配ない、まな板の妖精が向こう岸まで連れて行ってくれる……』
……OK、落ち着け、俺。情報を整理するんだ。聞き間違い? あり得ないね。
「ラクス、ルクス、ちょっとだけ俺に時間をくれないか。まな板の妖精と触れ合いたいんだ」
『構わない……でも、変わったことする』
『構わない……川岸に立って呼べば集まってくる』
くっ、全員が俺を生暖かい目でみやがる……だが、その程度で諦めてたまるかよ! まな板愛をなめるな。
「先輩! 私もお供するよ」
さすがは勇者。やはりこの世界の人間では届かない高みがあるということか……。
美琴とともに馬車を降り、川岸へ並び立つ。後世の歴史家に語られるような重要なターニングポイントに今俺たちはいるのかもしれない。そんな気がするんだ。
期待で胸が痛い。だけど気負いはない。美琴と黙って頷き合うと、大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「「まな板の妖精さーん!! 遊びましょう!!」」
川面が光ったかと思うと、川の中から、見紛う事なき、無数のまな板の妖精たちが姿を現す。
「「こ、これが……まな板の妖精……」」
絶句する俺と美琴に一斉にすり寄ってくる妖精たち。
『まな板に愛されしものを取得しました』
ふふっ、そうそう……このすべすべの肌。手触りも最高だ。見た目も美しい木目が……ってまな板あああああ!? これ、まな板あああああ!?
どこからどう見ても本格的なまな板だ。しかも使い込まれた年期すら感じる。おかしい……いや、おかしいのは俺の頭なんだろう。普通、まな板っていったらこっちだよな……ははは。
「先輩……最初は驚いたけど、慣れると悪くないかも……」
「ああ、この硬さがいいよな。なんか可愛く思えてきたぜ……」
そうだ。俺たちオールラウンダーをなめてもらっては困る。この程度は守備範囲なんだよ。
***
『英雄……楽しそう……』
『勇者も負けてない……』
「さすがはカケルくんと美琴たん……俺とは見ている地平が違いすぎる……」
「ハクア……まな板に負けるなよ……」
「くっ、ライバルが多様すぎますね……父上」
まな板の妖精と戯れるカケルと美琴。その様子を見守る一同の抱く感情は様々であった。