ちゃんとお留守番してたんだから
タダより高いものは無い、そんな予感がするんだよな。
カトリイヌさんは、にっこり微笑むと、説明を続ける。
「ただし……私がセットとなっておりますので、ご了承願います。いわく付きなのです」
そういって鍵を飲み込むカトリイヌさん。は? 何してんですか!?
「……おえっ!? くっ、にゃああああああ!? お、お腹痛い!!」
お腹を押さえてじたばた苦しみ出すカトリイヌさん。そりゃそうだろう、そんなの飲み込んだらヤバいって。
「ち、ちょっと、今取り出しますから――――」
「だ、駄目にゃあ……せ、セットだから……」
涙目でそんなことを言うカトリイヌさん。
「わ、わかりました。カトリイヌさんもセットで引き受けますから……」
「にゃはあああ! お買い上げありがとうございます!!」
ケロッとした様子で起き上がるカトリイヌさん。おげえっ!? と鍵を吐き出して、俺に渡す。
あの……せめて軽く拭いてもらえると……いや、何でもないです。
しかし上機嫌なカトリイヌさんにそんなことを言えるはずもなく。横目でリッタの頭部を見ると、ため息をつきながら、首を横に振っているように見えた気がした。
義父上、笑い過ぎですよ? 美琴、何で俺より先にカトリイヌさんモフってんの?
「旦那様、まるで毛深いミレイヌ――――」
おっと、そこまでだセレスティーナ。こちらの黒猫の方が、体毛とまな板の分、危険だ。野生のミレイヌかもしれない。
「ぐぬぬ……またモフモフが増えて……」
『何とか事故に見せかけて……』
おい、そこの専用メイドの二人、物騒な事言わない、殺気だだ漏れだよ!?
「それじゃあ行きましょうか。いざ、いわく付き屋敷へ出~発!!」
どこまでもマイペースなカトリイヌさんが出発を宣言する。え? 一緒についてくるんですか? まあ、助かりますけど。じゃあモフっても? 今は駄目? ……そうか。
***
町役場を出発して3分。町の中心部からほど近い場所に屋敷はあった。
目に入ってくるのは、手入れがされていないため、青々と好き放題に繁る木々と蔦の絡んだ古びた屋敷。いかにも何かが出そうな、いわく付き感100%の物件である。
「ここが英雄さまと私の新居になります」
さらりと適当な事を言うカトリイヌさん。いや……あながち間違いでもないのか? 最近割と何でもありなので、反応に困る。
「どうだアリエス、何か居るか?」
悪霊の類なら、凄腕ゴーストスイーパー聖女アリエスの出番だ。
「ん~、悪霊じゃないですね。すごい力は感じますけど……たぶん、齢を重ねた家妖精の類だと思います」
家妖精? ああ、ブラウニーとか、シルキーみたいなやつかな? ふう、お化けじゃなくて良かった。
「さすが聖女様。実はこの屋敷、はるか昔、異世界の英雄さまが住んでらっしゃった屋敷なんです。その英雄に仕えていた家妖精シルキーが、英雄さまがお亡くなりになった後も、この屋敷に居座り続けているのですよ」
カトリイヌさんが、苛立ちながら教えてくれる。ええっ!? なかなか良い話じゃないか。
「ここに居座っているシルキーは、英雄さまの妻でも何でもなかったので、相続権ないんですよ。所有者が死亡した時点で、町側に所有権が移るのです」
「なるほど。じゃあ、そのシルキーに買い取ってもらえば良いんじゃないか?」
セレスティーナの言うとおり、それが一番なんだろうけど、今もそのままってことは――――
「そうしてくれれば、それが一番なんですけどね……シルキーはお金に執着ないですから」
『シルキーは大抵無一文でしゅ!!』
そ、そうなのか? なんか切ないね。
「強制退去してもらおうにも、家妖精は自分の家の中ではほぼ無敵ですから……」
力づくも無理な訳だね。
「これまで多くの入居希望者が挑みましたが、誰一人、玄関にすら入ることは出来なかったのです」
話を聞くに、ここで何百年も屋敷を守り続けているシルキーに同情したくなるな。何とか会って、話をしてみようか。
***
あれ……また誰かがやってきた。
また追い払わないと……ここは英雄さまのお屋敷なんだから。あの方が戻っていらっしゃるまで、私が守らなきゃ……
『サーヤ、留守を頼んだぞ』
『行ってらっしゃいませ、英雄しゃま』
『ありがとう、サーヤが居てくれるから安心して出かけられる』
英雄さま……早く帰ってこないかな……
ここへやってくるのは、ウソつきばかり。
私を騙してお屋敷を盗もうとする泥棒みたいな連中だ。
私は賢くはないけれど、騙されたりなんかしない。だって英雄さまが言ってたから。
『難しいことなんかないさ。俺の言うことだけ信じれば良い』
『あい、英雄しゃま!』
英雄さまは帰るって言ってた。留守を頼むって言ってたから。
だから私がお屋敷を守らなきゃ。いっぱい褒めてもらうんだ。
罠は万全。結界も大丈夫。そもそも私の許可なく敷地内には入れない。入れさせない。
え? なんで? どうして入って来られるの?
誰も入れないはずなのに。英雄さま以外は――――!?
そうだ……なんで気が付かなかったんだろう。
このお日様みたいな暖かい魔力。すごく大きくなってるけど、英雄さまはいつも帰る度に大きくなってたから、きっとたくさん修行したんだ。だから帰りが遅かったんだ。
うん、大丈夫。お部屋は全部ピカピカね。
ふふっ、褒めてくれるかな?
大きくなった私を見て驚くかな?
あっ、大変! ドアに鍵を掛けたままだった。
慌てて扉を開く。
『お帰りなさい! 英雄しゃま!!』
大好きなご主人様に抱きつく。
『あのね、あのね、私、頑張ったんだよ! ちゃんとお留守番してたんだから』
「そうか……よく頑張ったな……サーヤ」
ふぇっ!? 英雄しゃまが頭を撫でてくれてる。嬉しい……褒めてもらえたんだ。
ふと、私の身体が濡れるのがわかる。
温かくて……これは……涙?
『英雄しゃま? どうして泣いているの? 何かあったの?』
「嬉しいんだ。サーヤに会えて。ずいぶん美人さんになったな」
『えへへ。英雄しゃま、約束だからね? 大きくなったらお嫁さんにしてくれるって言ったの覚えてるんだから!』
「ああ、約束だからな。サーヤは今日から俺のお嫁さんだ」
***
「アリエス!? どうしたの突然泣いたりして?」
突然泣き出したアリエスに驚く一同。カケルが屋敷に入った後、外で待機していたのだが。
「ごめんなさい、ちょっと悲しくて、でも温かくて……」
シルキーは、いわゆる視覚を持たない妖精だ。魔力や魂の性質で認識する。
とても素敵な方だったのでしょうね……だって、それほどカケルさまに似ているってことですから。
一歩遅れて眷族たちに流れ込んでくるサーヤの記憶とカケルの想い。
婚約者たちは、静かに頬を濡らすのだった。