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フレアとモグタンのコーヒー


「……遅いですね。どうせマーリンのことだから、キスでもされて気を失っているんでしょうけど」


 このままだと忘れられている確率80%、これ以上は待てません。晩餐会が始まったらお終いです。やはり自分の未来は自分で切り開かなければ。他人に任せてはおけませんね。


 意を決して黒髪の君の部屋へ向かう。


 私はこれでも侯爵令嬢、未婚の女性が一人で殿方の部屋を訪ねるなんて、はしたないですが、魔導師の道を選んだ時から決めているのです。


 己の心に正直であれと。迷うならまずは飛び込んでみようと。



「はい、どちらさま?」


 控室を訪ねると、扉越しにでもわかる素敵なお声が……


「あの、宮廷魔導師筆頭補佐のフレアです。お邪魔してもよろしいでしょうか?」

「ああ、どうぞ、入って構わない」


 緊張しながら中に入ると、独りくつろぐ黒髪の君の御姿が目に飛び込んで来る。


 深くソファに背中を預け、軽く手を振る姿は、まるで物語の1場面のようで、私は馬鹿みたいに口を開けたまま見惚れてしまう。


 そのせいだろうか? 私は何故か黒髪の君の隣に腰を下ろしてしまいました。彼は対面の席に座るように促していたというのに。


 大失態です。突然押し掛けた挙げ句、いきなりほぼ初対面の殿方の隣に座る。これはいけません。言い訳は無理だと私の僅かに残っている冷静な部分が教えてくれます。


 教えてもらっても困るだけですけれど。


 でも大丈夫、迷ったら飛び込んでみるのが私の生き方です。黒髪の君に体重を預けてしまいましょう。


 もちろん、顔など見れません、言葉も出ません。出来ることは、早鐘のような鼓動がバレないようにギュッと胸を押さえることぐらい。


 黒髪の君は、今、どんな顔をされているのでしょう。ほんの刹那の沈黙が怖い。永遠にも感じる時間は、幸いにもすぐに終わりを迎える。


「フレアは、何か飲む? おすすめはコーヒーかな、異世界でも人気なんだ。ちょっと苦いけど、甘いものと良く合うんだよ。あっ、甘いものは大丈夫?」


 まるで気にしていないことに軽く傷付くが、おかげで大分気持ちが楽になります。彼の気遣いがとてもありがたく嬉しい。

 

 でも、気にしていないなら遠慮はいりませんよね? 自慢のメロンを押し付けるように抱きつく。人生がかかっているのだから、引いたら負けです。


「ありがとうございます、黒髪の君。是非そのコーヒーとやらを飲んでみたいです! 甘いものも大好きですよ」

「く、黒髪の君!? わ、分かった、ちょっと待ってろ、モグタン、コーヒーを2つ頼む」  


 私のせいで動けない黒髪の君は、誰も居ない空間に向かって話しかけます。隠密でも忍ばせているのでしょうか?

 

『はいはい、コーヒー2つお待たせモグ!』 


 独特の風貌の美少女が、見たこともないような素敵なカップを載せたトレーを運んで来る。


 一体何処から現れたのか分からないけれど、茶色い液体が入った高そうなカップを受け取り礼を伝えます。


 ふむ……見た目は泥水みたいですが、騙されてはいけません。勇者さまが、黒髪の君は凄腕の料理人だと言っておられましたからね。その彼が美味しいというのですから、信じるしかないのです。


『遠慮なく飲むモグ、冷めないうちにどうぞモグ!』

「そうそう、冷めないうちに……って泥水じゃねえか!?」


 あ……やっぱり泥水でしたか……


『ふふっ、精霊ジョークモグ! お仕置きモグ?』


 期待に満ちた熱いまなざしで黒髪の君を見つめる謎の美少女。


「ああ、罰として当分魔力はお預けだな」

『ひいぅ!? そんな……酷いモグ!』


 見ているこちらが気の毒になるほどの落ち込みように、ちょっとだけ可哀想な気がしてしまいます。ま、まあ、子どもの悪戯みたいなものですし、実害はなかったですからね。


「あ、あの、私なら気にしていませんから……」

「良いんだよフレア。モグタンは甘やかすと調子に乗るからな。本当にフレアは優しいんだな」


 うはあ!? 黒髪の君が私の頭を撫でて……き、気持ち良い……


『フレア、お前は中々見どころがあるモグ、これをあげるモグ』


 涙目の美少女モグタンが、こちらを見つめている。か、可愛い……保護欲が刺激されてしまう。


「こ、これは?」


 モグタンが光輝く不思議な丸い玉を私の手に握らせてくる。つるつるすべすべしていて気持ちが良い手触りだ。これまで見て来たどんな物とも違う。いったい何だろう?


『友情の証モグ、食べるとどんな病気でも、瀕死の状態でも回復するモグ』


 そ、そんなすごいものを……良いのでしょうか? 思わず黒髪の君の顔を見る。

 

「フレア、それ見た目は綺麗だけど、ただの泥だんごだからな? 間違っても食べるなよ? 多分、石も入ってるからな?」


 あ……なんか実感がこもっていらっしゃる……食べたんですね、黒髪の君。


『ふふっ、精霊ジョークモグ。でも胃もたれには効果があるモグよ?』

「…………」


 その程度なら、普通に胃薬飲んだほうが良さそうですね。



『いやあああああああ!? 悪かったモグ、反省しているモグうぅ!』


 何処かへと追放される美少女モグタン。


 ごめんなさい、さすがにもう庇うことは出来そうにありません。一体彼女は何をしたかったのでしょうね?

 

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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