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黄昏時の再会


「ところでマーリン、お前に会わせたい人がいるんだ」


 会わせたい人? 異世界人なら、ご両親ではないだろうし……他の婚約者だろうか?


 はっ!? まさか、他の婚約者に認められないと婚約は無しに? ま、まずい……我の社交能力は宮廷魔導師の中でも最弱。目つきも悪いから初対面の印象も最悪らしいし。早くも大ピンチ!?


「大丈夫、そんなに心配しないでも、きっと喜んでもらえると思うぞ」


 そんな我の不安を知ってか知らずか、優しく微笑む英雄。うはあ!? そ、そんな、抱きしめたまま、そんな優しい笑顔で見つめないで!! 近い、近いから!?


「わ、わかった、会いましゅ!」

 

 ほら、また噛んだ! だから言ったではないか、あんたのせいだから!! 全部あんたがキラキラしているのが悪いんだから!!


 悔しいので頭をぐりぐり押し付ける振りをしながら匂いを堪能する。これぐらいしないと、割にあわん。


「良かった、実はすでに隣の部屋にいて、さっきから待たせているんだけどね」


 はうっ、危なかった。空間魔法で隔離しておいて良かった。とりあえず魔法を解除しなければ――――


「待って、マーリン、魔法を解除する前に二人ですることがあるだろ?」

「え……契約書にサイン……とか? ふえっ!?」

 

 あ……キスされてる。ああ、なるほど、婚約の証ってことだな。どうしよう……気持ちが良くって……ふわあ……


「――――、――――リン、マーリン、大丈夫か?」


 気が付けば、すぐそばに心配そうに見つめる憎い男の……いや、愛しい男の顔がある。そうか……我は気を失っていたんだな。まったく酷い男だ。気を失っている間に変な事をされていないか問い詰める必要があるな。


「……我は怒っているんだが?」

「ごめん、あんまり可愛いからつい……」


 ま、まあそういうことなら仕方が無い。今回だけは見逃してやるから、次からはもう少しだけ優しくするんだな。



***


 

「じゃあ俺はここで待ってるから、ごゆっくり。積もる話もあるだろうしな」 


 積もる話? どういう意味だ? そんな昔の知り合いなど我には居ない――――


 (いぶか)しく思いながら、木製の扉を開けて隣の部屋に入る。



「……お姉ちゃん?」


 日が落ち始めて少し薄暗い部屋の中から、そんな声が聞こえたような気がする。あいつが家族の話なんてしたから? それとも黄昏時の気の迷いのせいだろうか?


 黄昏時は生と死の境目が曖昧になる魔の時刻、空耳でもいい、死者の声でも構わない。二度と聞くことができないその懐かしい声に胸がいっぱいになる。


「お姉ちゃん、私だよ」


 目の前の女性がそんなことを言っているのは聞こえるのだが、頭が、心が拒絶する。


 そんなはずはない。この女性(ひと)は、何を言っているのだろう? 人違いですよ? 我をお姉ちゃんと呼ぶその人は、もうこの世界には居ないのだから。


「どうしたの、お姉ちゃん、ヴァニラだよ? 忘れちゃったの?」


 泣きながら必死に訴えてくる女性。ヴァニラ……ヴァニラ? 妹と同じ名前……よく見れば、妹によく似ている……あれ? あれ? 


「もしかして……ヴァニラ……なの?」


「そうだよ、ヴァニラだよお姉ちゃん!」


 身体が震える、心がもっと震える。もっと喜びたいのに、身体が、心が、どうして良いかわからずに戸惑っている。忘れてしまって怖がっている。 


 お願い、もっとそばに来て……顔がよく見えないの、部屋が薄暗いし、涙が止まらないから。


 泣きながら駆け寄ってくるヴァニラを抱きしめる。あんなに小さかったのに、大きくなったのだな。


 記憶の中の妹は、私のお腹のあたりまでしかなかったのに……もう抱っこもおんぶも出来そうにない。嬉しさの中に、ほんの少しだけ感じる淋しさ。私にとっては、とても……とても贅沢な淋しさだ。


「ずっと、ずっと探してたの……お姉ちゃんを助けなきゃって……」

「うん……うん……」

「私ね、頑張ったんだよ……ホワイティアにお店を持っているんだから……小さいけど自慢のお店なのよ」

「そう……頑張ったんだね、ヴァニラ……」


 ごめんねヴァニラ、駄目なお姉ちゃんで。抱きしめて頭を撫でるしか出来なくてごめんね?


 一生懸命これまでの事を話すヴァニラに、相づちを打ちながら、泣くのを堪えるのが精いっぱいの情けない私。


 女神さま……ありがとうございます。なんて素敵な日なんだろう。愛しい旦那さまと愛する妹。きっと生涯忘れない、絶対忘れたりなんてしないんだから。



***



「それでね、私が死にそうなピンチに天使さま……じゃなかった、英雄さまが現れて助けてくれたの! もうね、すっごく格好良くて、優しくて……えへへ」

「……ちょっと待って!? ヴァニラ、まさか貴女……」


「うん、私、英雄さまのお嫁さんになるの!」

「そう……偶然ね、実は私もそうなのよ?」

「本当!! じゃあ、これからはずっと一緒だね! 嬉しいよ、こんな嬉しいことなんて……想像もしてなかった」


 私もよヴァニラ。こんな日が来るなんて想像もしていなかったんだから。



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i566029
(作/秋の桜子さま)
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