魔族の女は怖いんだから
「フハハ! 良いぞ、その調子だ、フレア」
あの男が戻って来るまで、魔導師どもを鍛えることにした。我がお嫁さんになったら、辞めることになるかもしれないからな! ちゃんと後任を育てることも、筆頭たる我の仕事だ。
「……何かありました? マーリン?」
フレアがジト目で見つめてくる。くっ、この女、無駄に鋭い。それを魔法に活かせば良いのに。
「な、何もないわ、たわけ!」
「なるほど、あったんですね、黒髪の君と」
「ち、違っ!?」
我ながら絵に描いたような分かりやすさだ。軽く凹む。だが、何もないのは事実。逢えなかったのだからな!
「……ところで、なんだその黒髪の君と言うのは?」
「ふふっ、気になります? 密かに想う恋心ゆえの言葉遊びですよ。あ、それから、私、多分宮廷魔導師辞めることになると思うので、後はお願いしますね、筆頭殿?」
「は!? 駄目だ、辞めるのは我だ! フレア」
せっかくお前に押しつけようと思っていたのに、辞められたら我のお嫁さん計画が……
「むぅ……やっぱり抜け駆けするつもりだったんですね?」
くっ、可愛い。フレアの燃えるような赤い髪とルビーのような瞳は女性の我から見ても魅力的だ。男ならお嫁さんにしたがるに決まっている。我の女としての自信が揺らぎそうになる。
だがな――――
クククッ、貴様のそのメロンでは、私のまな板には勝てんのだ。物が違うのだよ、モノが!! やはり聡明な英雄にはまな板が良く似合う。頭の悪そうなメロンではな。ふふふ。
「むっ? 何処見ているんですか!? な、何でそんなに憐れみの顔してるんです!?」
赤い顔で慌てて自身のメロンを両手で隠すフレア。くっ腹が立つほどいちいち可愛い。そのたわわに実ったメロンをもぎ取ってやりたいが、そんなことをすれば、私の優位が揺らぎかねない。敵に塩を送るわけにはいかない。
「まあ、せいぜい頑張ることだな。ルーザー殿下なら喜んでくれるかもしれんぞ?」
「いーやーで〜す〜! 黒髪の君が良いんです!! あ、でもこんな所で争っている場合じゃないですよ? 急がないと枠が埋まってしまいます!」
「……枠?」
「黒髪の君って、めちゃくちゃモテるから、婚約者たくさんいるみたいなんですけど、どうも各国に婚約者枠があるんじゃないかって噂されているんです」
「な!? そ、それで?」
「すでに、キャメロニアに関しては、王女アーシェ殿下、竜騎士団長エレインさま、副団長のカルラ殿、聖剣エロースさまが婚約者になっていますから、あと2人で枠が埋まります。これは勇者さまから得た信憑性の高い情報です」
「……あと2人か……フレア!」
「……何ですか?」
「ここは協力した方が良さそうだな」
「ふふっ、そう言うと思いましたよ!」
フレアと力強く抱きしめ合う。敵に回せば厄介な女だが、味方にすればこれほど心強いものはいない。すでに情報面で水を開けられている現状、非常にありがたい存在だ。
「よし、そうとなれば作戦を――――」
「マーリン殿!! お客様が来ております!」
「なんだ? 今は忙しい、後にしてくれ!」
「そうですか、では英雄殿にそう伝えて参ります」
「……ちょっと待てええい! なぜそれを先に言わんのだ! すぐ参りますと伝えてくれ」
「は、はぁ? 分かりました」
「……ど、どどどうしようフレア!? いきなり過ぎて心の準備が……」
「何言っているんですか、これはチャンスです! 幸せを掴むためのラストチャンスです!」
うむ、確かにラストチャンスだろう。このあとの晩餐会では婚約者狙いの貴族どもが殺到するのが目に見えている。やるなら今しかない。
「……行ってくる」
「私のこともお願いしますね!」
「任せておけ」
フレアに見送られながら、演習場を後にする。
***
「仕事中に悪かったな、マーリン」
「だ、大丈夫でしゅ……」
くっ、いきなり噛んだか。格好良すぎるお前が悪い、憎しみを込めて睨みつける。
「や、やっぱり出直そうか? なんか怒らせたみたいだし」
いかん、せっかくのチャンスを逃す訳にはいかない。空間魔法で二人だけの空間を創り出す。ふふふ、これで邪魔者はいなくなった。
「あ、あの……マーリン?」
困惑する英雄に突撃する。色恋ごとは全くわからないので、フレアに言われたとおりに何も考えないで胸に飛び込む。彼の華奢な見た目に反して意外に分厚い胸板にドキドキが止まらない。良い匂いに頭がクラクラしてくる。くっ、この全身凶器人間がっ!!
「……これ以上、我を怒らせたくなかったら、お嫁さんにしなさい」
言った、言ってしまった。もう後戻りできない。するつもりもないけれど。
「ふえっ!?」
強めに抱きしめられて変な声が出てしまう。おのれ、不意打ちとは卑怯なり。
「ありがとう、俺もお前が大好きだ。一緒に幸せな家族になろうな」
ふえっ……だ、だから……不意打ち……駄目って……
「うわあああああーん」
なぜだかわからないけど、心の中があたたかいもので一杯になって、目から溢れ出てしまう。違う、涙なんかじゃない、もっと大切なものだから、恥ずかしくなんてないんだ。
家族なんて反則じゃない、我にはもう絶対に手に入らないものだと諦めていたのに、そんなこと言われたら欲しくて欲しくて、でも無理やり抑え込んでいた気持ちが止まらなくなってしまう。
責任とって絶対に我を幸せにしなさいよ。魔族の女は怖いんだから。