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マーリンの決心


『――――という訳でございます、御主人様』


 語り終えたヌー伯爵が恭しく頭を下げる。


 あまり気は進まなかったが、ヌー伯爵はあえて召喚契約とした。極悪人は、基本的に殺しただけでは足りないのだ。やらかした被害が大きすぎて、個人の命では償えない。だからそういうやつには死ぬまで働いてもらって、償わせようと俺は思っている。傲慢だけど俺はそういう人間なんだ。


 まあ、意外と頭も切れるし、『転送』っていう珍しいスキルを持っていたから役には立ってくれそうだ。転移の亜種みたいなスキルなんだけど、ものや人も送れるし、転送先に一度マーキングする必要はあるけれど、非常に有用なスキルだと思う。ネージュたちが遅れを取ったのも無理はない。


 そして、ヌー伯爵の出身国であるグリモワール帝国とかいう東の大国と、俺たちが潰そうとしている人身売買組織がどうやら繋がっている……というより、組織そのものが、帝国の機関であること。人身売買を隠れ蓑に、とんでもない実験を繰り返していることが分かった。とても放置できる問題ではない。


「なっ!? それでは、我々精霊に愛されし乙女を使って、より凶悪な戦士を創り出そうとしていたというのか……」


 ネージュが心底我慢ならないという視線でヌー伯爵を睨み付ける。それはそうだろう、俺が間に合わなければ、帝国の実験体にされるところだったのだ。


『申し訳ございません、ネージュさま、これからは心を入れ替え、御主人様のために身命を賭して働く所存でございますので、どうかお許しください』


 地面に額を擦りつけて詫びるヌー伯爵。


 召喚契約する際、魂に染みついた悪意などは綺麗に洗浄されるので、性格や記憶などは変わらないものの、大抵毒が抜けてより善人に近くなる。


「悪いなネージュ、敵を叩き潰すためには必要な人材だ。許せとは言わないが、こいつの罪を少しでも償わせるために、利用するのは見逃してほしい」

「……わかっております。こやつの情報のおかげで、さらわれた者たちの居場所もわかったのです、ならば積極的に利用するほうが良いでしょう」

 

 さすがは騎士団長、感情に左右されない判断力は見事なものだ。そして、俺にぴたりと押し付けている慎ましやかな感触もまた見事なものだと言わざるを得ない。


 ハクア……この国の美しい伝統と美意識は確かに外国人である俺の心にも響いたぞ。微乳こそ正義。この国は、俺の心のふるさとになったよ。ふふふ。


 なぜ騎士団長が抱きついているのか、それを言うのは野暮というものだ。やはり恐怖心というのはなかなか厄介だからな。ここはしっかり抱きしめて頭を撫でながらネージュの震える心を癒すべきだろう。


 それにしても、なぜ騎士団長という生き物は、甘えんぼが多いのだろう。やはり普段甘えられない分、反動があるのだろうか。ここは俺が責任をもって甘えさせて、この愛すべき生き物を保護すべきと考えている。主に世界平和のために。



***



「ヴァニラ!!」

「ネージュ!!」


 涙ながらに抱き合う親友同士。美しい友情に感動する他ないが、どちらも俺の婚約者なのだと思うと、尚のこと感慨深いものがある。


「しかし、ヴァニラ殿はマーリンに良く似ていると思わないか? 英雄殿」

「そういえば似てるかもな。瞳や髪の色も同じ魔族だし」


 エレインと俺の何気ない会話に、ヴァニラとネージュが激しく反応する。


「え、エレイン殿、そ、そのマーリンというのは?」

「え!? あ、ああ、我がキャメロニアの筆頭宮廷魔導士殿だ。もしかして知り合いか?」

「やはりそうか……ヴァニラ、これはもしかすると……」



***



 キャメロニア王宮内書庫



(……駄目だ、全然集中できない……)


 読みかけの魔導書を閉じて書架に戻すと深いため息をつく。


 訓練していても、本を読んでいても、心ここにあらずといった感じで何も手につかないでいる。


 原因はわかっている。あの異世界人の男だ。我の最強の攻撃を簡単に打ち破り、この国の問題だってあっさり解決してしまった男。ついでに我の(ハート)まで打ち抜いてしまった憎くて愛おしいあの男。


(……こんな可愛い服までもらってしまっては憎めないではないか)


 あの男が、魔法少女コスと言っていたフリフリの衣装をそっと撫でる。


 後でわかったのだが、この服はとてつもない代物だった。強力な物理・魔法耐性に加えて、自動サイズ調整、自己修復機能、自動洗浄機能、魔法効果増大まで付与されたまさに国宝級。魔導師で売るものはいないだろうが、おそらく城がいくつも買える価値があるのは間違いない。   


 まったく……我らをお咎めなしで解放したこともそうだが、どこまでも甘い……だが、器の大きい男。


 決めた、もう決めた。あの男はこの国の人間ではないのだから、次いつ逢えるかわかったものではない。償わせてやる。責任を取るまで許さない。覚悟しろ異世界人、絶対お嫁さんにしてもらうからな。


 ふふっ、覚悟を決めたら急に心が穏やかになった気がする。足取りも軽く彼のいる部屋へと向かう。善は急げだ。でも……急に不安になってきた。断られたらどうしよう。だが、我は結構かわいいと思うし、彼も愛しているって言ってくれた。まな板のことだけど……


 で、でも、まな板だって私の一部、ならきっと大丈夫。勇気をもって一歩足を踏み出すんだ。そうやってこれまでもやって来たのだから。



「へ!? もう居ないって……どういうこと?」


 メイドの言葉に頭が真っ白になる。


「あの……英雄さまは、緊急事態に対処するために、エレインさまとホワイティア国境へ向かいました。晩餐会までには戻ると仰られてましたが……」


 くっ、なんて間の悪い。しかし、ホワイティア国境まで行って晩餐会までに戻ってこられるものなのか? いや、あの男なら出来るのだろう。我の未来の旦那さまなのだから当然だな! 頼もしいぞ、ふははは。


 落ち込んでいたと思っていたら、今度は突然笑い出したマーリンにおびえるメイドであった。



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i566029
(作/秋の桜子さま)
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