罠に落ちたケルピー隊と恋に落ちた騎士団長
「くっ、完全に囲まれたか……」
ヴァイスを急ぎ出発した後、私たちケルピー隊は待ち伏せていたバイキン族の大群に包囲されつつあった。その数はケルピー隊50に対して、優に千を超える。
後から来るであろう後続隊が到着するまではとても持ちこたえられそうにない。
『クククッ、ようやくお目当てのモノが手に入りそうでワクワクしますよ』
バイキン族の中から歩いてくる一人の男。仮面を付けているが、その容姿は明らかに人族のものであり、流暢な標準語を話す。話し方から、どこかの貴族ではないかと推測する。
「……まさか、本当の狙いは、私たちだったとでもいうのか?」
ここは少しでも話を引き出して時間を稼がなければ。少なくとも、こいつは言葉が通じるのだから。
『まさかも何も、そのために大掛かりな計画を立てて、あなた方を孤立させたのですからねえ。それにしても苦労した甲斐がありました。想像以上に素晴らしいですよ!』
男は下卑た笑顔で、足先から舐め回すように私たちをじろじろと見つめる。
あまりの嫌悪感で背筋に寒気が走り、鳥肌が立つ。くそっ、最初からケルピー隊が狙いだったとは……しかもまんまと罠に嵌ってしまった。
「私たちを奴隷として売るつもりなのかもしれんが、いくら何でも割に合わないだろう? 美女が欲しければ、他にもたくさんいるはずだ」
『ククッ、奴隷として売る? 馬鹿な!! そんな勿体ないことしませんよ。貴女方には、もっと重要な役割があるのですよ……』
「な、何だと……? どういう意味だ?」
『焦らなくても、後でゆっくり教えて差し上げますよ。その身体にたっぷりとね。さあ、おしゃべりはお終いです。あ、そうそう、時間稼ぎをしても助けは来ませんよ? 私は紳士ですから嘘はつきません』
にやりと口角を上げる男。
「……どういう意味だ?」
はったりだ。こう言えば私たちの戦意が折れると考えているのだろう。そうはいかない。
『まず、ヴァイスからの後発部隊ですが、ここにいる3倍の兵力で足止めしていますから、まず突破は出来ないでしょう。それから、この先の都市は今頃落ちている頃合いです。仮にまだだとしても、援軍を出す余裕など、とてもないでしょうね。つ、ま、り、少なくとも当分の間、援軍など来ないのですよ。少なくともあなた方を捕らえる時間は十二分にある。理解したなら、大人しく捕まった方が身のためですよ?』
……はったりの可能性も残ってはいるが、限りなく本当のことを言っている可能性が高い。ならば――――
「……状況は理解した。ひとつだけ教えてくれ。ヴァイスから避難した者たちはどうなっている?」
『ふふっ、素直なのは良い心がけですね。彼らなら、今頃全滅していると思いますよ? 女以外はね』
……そうか。ならばヴァニラはまだ生きている可能性があるということだな。
「……貴様の名を聞いておこうか」
『……カマセイ=ヌー伯爵です。末永くお付き合い願いますよ、ネージュ騎士団長殿?』
「ふふっ、ヌー伯爵、勘違いするなよ? 貴様はなぜケルピー隊がエリート部隊なのか知らないようだな」
『……なんだと?』
副隊長のオルファにアイコンタクトする。
「ケルピー隊はな……生還率が100%だからだ!!」
一斉に大地を蹴り、大空へと駆け上がるケルピー隊。勝てなくても逃げることぐらいは出来る。
『くっ、弱体化スキル発動!! な、なぜ効かない!?』
「悪いがそんなものはとっくに対策済みだ。我らは、一旦引かせてもらうぞ」
ありがとうヴァニラ。いつも助けてもらってばかりだな……
『ちっ……仕方がない、贄の結界発動!!』
『!? きゅるるるううう!?』
突然ケルピーたちが力を失い、再び地上へ引き戻される。
「くっ、何をした!?」
『クククッ、万が一のために用意しておいて良かったですよ。贄の結界は、バイキンどもの命を対価に発動する対精霊用結界です。まあ、1匹で10秒しか持ちませんから、燃費は最悪ですけどね」
「……仲間の命すら利用するのか、この外道が……」
『は? 仲間? 馬鹿なこと言わないでください。こいつらは意のままに動く便利な道具、駒ですよ。さあ時間がありませんから、一気に無力化しますよ』
ヌー伯爵の命令で、千体近いバイキン族が一斉に襲いかかってくる。
くっ、ここまでか……せめて一体でも多く刺し違えてみせる。
***
『やれやれ……驚きましたね。まさかここまでとは……まったく大損害ですよ? ですが……もう限界のようですね』
大げさなリアクションで嘆くふりをするヌー伯爵が心底憎たらしいが、実際その通りだ。
オルファを始め、みな本当によく戦ってくれた。敵は500弱まで減り、今も結界維持のために、減り続けている。だが……一歩届かなかった。もう立ち上がれる者はおらず、私とて気力と意地で立っているに過ぎない。もはや戦う力など残っていないのだ。
『んふふ……せめてもの情けです。その戦いぶりに敬意を表して、ネージュ殿、貴女だけはこの私が直々に捕らえてあげましょう。特別な配慮に感謝感激でしょう? 汚らわしいバイキンでは無く、この高貴な私がお触りして差し上げるのですからね!』
両手をわきわきさせながらヌー伯爵が迫ってくる。あまりの屈辱に涙がにじむが、目はそらさない。最後まで睨み付けることぐらいしか出来ない。
『ぐふふふ……いただきまあす――――ぶべらああっ!?』
突然目の前からヌー伯爵の姿が消えて、代わりに立っていたのは黒髪の青年。ずっと見ていたはずなのにいつの間に現れたのだろうか?
その神話の世界から抜け出してきたような端正な甘いマスクと吸い込まれそうな優しい黒い瞳。身体が熱くなり、心臓が破裂しそうなほど苦しい。
今まで経験したことのない感情に困惑し戸惑っていると、黒髪の青年がゆっくりと口を開く。
「俺はカケル、異世界から来た英雄だ。遅くなってすまない、もう大丈夫だ」