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神狼の姫ハクア=ホワイティア


「本当に山脈が無くなっているのですね……」


 国境地帯に向けて疾走を続けるルルの背にしがみついたまま、キャメロニア領を目指す。驚いている場合ではないと分かってはいても、実際に山脈が無くなっているのを目の当たりにすれば、とても冷静では居られない。


 キャメロニアへ向かった人々は、困窮し、飢えに苦しむ自分たちを救うために、神が起こした奇跡と信じたことだろう。いや、実際そう考えるのが自然というか、他に考えようが無いではないか。


 本当にこれが我らに与えられた祝福なのか、それとも破滅に導く甘い罠なのか? まもなくその答えは示されるだろう。どちらであったとしても、困難な道のりになることは間違いないのだが。




「くっ、遅かったか……」


 山脈があったはずの場所を抜けてキャメロニア領内に入ると、最初に目に飛び込んでくるのは、大空を飛び回るワイバーンの姿。


 間違いない……キャメロニアの竜騎士団だ。正規兵ですら対抗手段を持たずに戦いを挑めば、空からのブレスで蹴散らされる、かの国の最高戦力。空腹でふらふらの民衆など、すでに全滅させられていてもおかしくはない。


 圧倒的な機動力と古代のアーティファクトを組み合わせた国防体制は、他国ながら見事と言う他ないが、それにしても早すぎないか? よく見れば、竜騎士団長の白いワイバーンの姿まで確認出来る。


 なぜこんな辺境に竜騎士団長のワイバーンがいるのか? いくらワイバーンの機動力であっても、王都アヴァロンからであれば、数時間は掛かるはず。


 まさか……すべては仕組まれていたのか? 


 それであれば、山脈の件はともかく、この場に竜騎士団長がいるのも納得がゆく。考え過ぎかもしれないが、突然バイキン族が侵攻してきたのも、キャメロニアと連動しての動きと考えれば合点が行く。


 疑い始めればキリはないが、仮に今回のことが全て仕組まれた事であるならば、私はまんまとお引き出されたということになる。キャメロニアにしてみれば、先に侵略されたという大義名分を持って、我が国に攻め込むことも可能になる。


 だが、それでも……いや、なればこそ、私が来た甲斐があったと言うもの。


 もともと我が身を捨てる覚悟で来たのだ。今更逃げるような真似はしない。こうなった以上、民の命だけは守らねばならない。それが私の生きる意味であり、使命なのだから。



「行こう、ルルさま」

『……良いのか?』


 黙って頷くと、ルルさまは再び走り出す。私の運命に向かって。



***



「ルルさま……これは一体どういうことでしょうか?」

『さあな、我にも分からないが、旨そうな匂いだと言うことは分かるぞ』


 遠くから見えた複数の煙は、略奪や戦いによるものではなく、炊事の煙であった。


 何より目を疑ったのは、美味しそうに食事をする白の民とキャメロニアの人々の姿。


 意味が分からない。何故仲良く食事をしているのだろう。



「貴女も一緒にどうですか? ハクア姫」


 突然の声にあわやルルさまから落ちそうになる。


「な、何者です?」

 咄嗟に出たのはそんな言葉だけ。


「ああ、驚かせてしまったみたいですいません。俺はカケル。異世界から来た英雄です。白の民のみなさんが、あまりにもお腹を空かせていたみたいなので……勝手なことをしてしまったかな?」


 黒目黒髪……なるほど、これが異世界人ですか。おとぎ話でしか知らないけれど、本当にいるんですね。驚きです。


「いえ、こちらこそ、民に満足に食べさせてあげることも出来ず、お恥ずかしい限りです。この恩は必ずお返しいたしますので……」


 本当に情けない。だが、民のことを考えれば、これで良かったのだ。私のつまらないプライドなどどうでもいいことなのだから。


「……大丈夫。被害はお互い最小限で食い止めましたし、幸い死者もいない。怪我人の治療も終わってますので、後は、美味しいものでも食べながら、今後の話をしましょうか?」 


 ああ、どうしてこの青年の声はこんなにも優しいのだろう? なぜ、もう大丈夫だって思えてしまうのだろう。初めて会ったはずなのに……なんでだろう、貴方から目が離せなくなっている。


「ひゃ、ひゃい……よ、よろしくお願いします」

「ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいですよ?」

 ……いきなり変な声が出た……恥ずかしくて死にそう。



***



「……美味しい。何ですかこれ!? こんな美味しいもの食べたことありません!」


 あの後、後続隊の到着を待ち、今はホワイティア、キャメロニアの両軍みんなで食事を楽しんでいる。さっきまでの緊迫感は何だったの? っていうぐらい、今はすっかり打ち解けた雰囲気だ。


 そして何より、出された料理が、どれも死ぬほど美味しい。私たち白の民だけではなく、キャメロニアの面々も驚いているみたいで、興味本位で聞いてみれば、すべて英雄殿の作った料理なんだとか。素晴らしいです。 



「しかし、山脈が消えたと聞いた時には、驚きましたよ。そちらも大変だったのではないですか?」

 

 気さくに話しかけてくれるのは、キャメロニア竜騎士団長エレイン殿。噂で聞くのと実際に会うのとでは大違いでした。もっと恐ろしい方だと思っていましたが、何と可憐な方なのでしょう。


「はい、でも正直、山脈が消えたことより、民が貴国領内に侵入してしまったことの方が深刻でしたので、言われるまで忘れていたぐらいです」


 結局、英雄殿の計らいで、キャメロニアとの顔合わせから支援についてまで、交渉はすべて順調に進みました。でも――――



「英雄殿、何から何までありがとうございました。おかげでホワイティアと白の民は救われそうです」

「いいんですよ。俺が好きでやっていることなんで。やった、ラッキーぐらいに思っててください」

 

 食事の後、あらためて頭を下げて感謝を伝えると、照れくさそうに貴方は笑う。


 早く国へ戻って、この朗報を伝えたい気持ちはもちろんある。でも、それはしたくない。ここでさよならをしたら二度と逢えないかもしれないのだから。だからちゃんと伝えないと。


「そうは参りません。無償の好意では、民は納得しないもの。確かな形、絆こそが永く繁栄を支える礎となるのです。このまま国へ戻ることなど出来ません」

「そうですか……でも、キャメロニア王子のルーザーは生粋の――――」

「嫌です……貴方が良いのです」

 言ってしまった……恥ずかしくて顔から火が出そう。はしたない姫だって思われないでしょうか?


「……ハクア姫、俺なんかで良いんですか?」

「……ハクア」

「……ハクア、俺なんかで良いんですか?」

「……敬語ですよ?」

「……ハクア、俺なんかで良いのか?」

「はい、英雄殿。貴方が良いのです」


 ふふっ、なんだか英雄殿との距離が一気に近くなったような気がします。


 覚悟してくださいね。白の民の女性は、命を懸けて殿方を愛するのですから。そう、命懸けで異国の英雄を愛したあのラウラさまのように。

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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