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白の民ホワイティア


「族長、もう限界です。民は飢え、このままでは餓死者が出るのも時間の問題。どうか御決断を!」 


 歴史的な不作が続いているところに、ここ数年、動きがなかったバイキン族による本格的な侵攻が始まった。まさに泣きっ面にキラービーだ。


 これまでの小競り合いとは違って、すでに多くの死者が出ている。本気でこの国を奪いにきていると考えた方が良いだろう。



「むう……だがハクアよ。それではお前が犠牲になってしまう」 


 族長である父が決断をためらっているのは、娘である私のことを心配しているからだろう。有り難いことだが、今は国難だ。民のために動かずして、何が姫か?


「とうに覚悟は出来ております。どうかキャメロニアへ向かう許可を!」


 豊かな国土と先進的な技術を持つ隣国キャメロニア。


 悲劇的な過去はあるが、バイキン族とは話し合いすら出来ないことを考えれば、現状、頼れるのはキャメロニアをおいて他にない。それに現在のキャメロニア王家は、私の祖先、ラウラさまの血を引いていると聞く。ならば、この苦境こそ関係を修復する機ととらえて支援を求めるべきだろう。


 当然、我が身を差し出すくらいの対価は要求されるだろうが、そんなことで民が救えるのなら安いものだ。何としても交渉を成功させなければなるまい。


「……分かった。キャメロニアへ向かうことを許可しよう」

「!? ありがとうございます!」

「だがな、おそらく交渉は困難を極めるぞ?」

「……どういうことでしょう?」


 父は、その端整な顔に深いシワを寄せ、深い息を吐く。


「現在、キャメロニアには二人の王子がいるが、一人は自他ともに認める生粋の巨乳好き。もう一人は、女性に興味が無いらしい」

「なっ!? なんと……揃いも揃ってですか……」


 我が白の民ホワイティアにとって、微乳こそが美の象徴。当然、私も誇り高き微乳の持ち主だ。まさか、その武器が通用しないなど、考えたこともなかった。


 もう一人については、同性愛が禁忌とされている我らにとって想像の埒外だが、王族として愛のない婚姻に理解はあるはず。私の立ち居振る舞い次第でどうにでもなる話だ。


「ご心配なく、王族とは、私欲のみで動く者にあらず。貴方の娘を信じてください。必ずや支援を取り付けて参ります!」


「……頼むぞハクア」 


 どんな思いでその言葉を絞り出したのだろうか。父の悔しさと淋しさが伝わってきて、胸が苦しくなる。ごめんなさい……父さま。



「た、大変です!! 緊急事態です!!」

 

 しんみりした空気を吹き飛ばすように、戦士長が飛び込んでくる。普段冷静沈着な彼にしては珍しい。余程のことがあったのかと心配になる。



「どうしたのだ、ブロンコ?」

「さ、山脈が消えました! そのため、一部の部族が、キャメロニア領内になだれ込んでいます!」

「は? すまない、お前の言っている意味が分からないのだが?」


 ブロンコの説明によると、我が国とキャメロニアの国境となっているディヴィジョン山脈が突然、綺麗さっぱり消えたらしい。それにより、海路でしか行くことが出来なかった隣国への道が開けたのだ。


 特に困窮の度合いが酷い貧しい山脈付近の部族にとっては、豊かなキャメロニア領は、宝の山に映ることだろう。実際、飢えて死を待つのであれば、誰だって同じ行動をとる。非難することなどできるものか。上に立つ者としての力不足に歯噛みするしかない。


「不味いぞ、これでキャメロニアと戦になったら、取り返しがつかなくなる」


 ただでさえ、難しい関係にあるというのに、ここで被害を拡大させれば、支援どころの騒ぎではなくなってしまう。現状、バイキン族とキャメロニアを同時に相手どり勝てる力などないのだ。竜騎士団が出張ってくれば、簡単に蹴散らされてしまうだろう。和平に持ちこめたとしても、族長の首ですめばまだ良い方で、白の民全体の隷属化、属国化となれば、最悪だ。何としても止めなくては。



「族長、私が出ます。事態は一刻を争う。すぐに出れる者で先行。ブロンコは、ケルピー隊および後発隊を率いて後から合流して下さい!」

「かしこまりました。姫さま、どうぞお気をつけて」

「ふふっ、誰に言っているのです。この『白夜の狼姫』たとえ竜騎士団が相手でも、ひけをとるつもりはありません」


 我々白の民は、はるか昔、神狼さまとの間に誕生したとされている誇り高き一族。私はその神狼さまの血が色濃く発現した先祖がえり。『神狼化』を使えば、私自身が負けることはないでしょう。


 ですが、私一人が生き残って何の意味があるというのでしょう。戦う力とはすなわち守る力。生み育てる営みを悪意から守る牙であるべきなのです。



『ハクア、行くならば乗れ』

「ありがとうございます。ルルさま」


 我が白の民の守護獣であるエンシェントウルフのルルさまに跨り出撃する。


 エンシェントウルフは、最も神狼に近いと言われる古代種の魔獣。ルルさまは、白の民を守るために神狼さまから遣わされたそうです。


 ルルさまを乗り物扱いするなんて、本来は畏れ多いのですが、今はとても有難い。わずかでも早く到着すれば、その分流される血が減るはずだから。



(お願い、間に合って……)


 ハクアの想いと両国の未来への希望を乗せて、守護獣ルルは飛ぶように疾走を始める。


 すべての狼の祖神狼の血を受け継ぐ由緒正しき魔獣。その力によって、草が枝が木が、懸命に身体をひねり、場所を空け道を創り出す。


 ルルは、まるで無人のトンネルを進むがごとく、疾風のように最短距離を駆け抜けるのであった。

 

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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