哀しき守護者に安息を
「シグレ!」
飛翔で空を駆け上がりながら、最凶の相棒を召喚する。
『ふふっ、今回の獲物は大物でござるな主殿!』
「ああ、頼りにしてる」
『死神召喚!』
シグレを握りしめながら、最凶の手札を切る。
『……早くない!? さっき別れたばかりよね!? そんなに私が大好きなの?』
文句を言いながらも、嬉しそうなキリハさんが現れる。
「すいません。またキリハさんの力が必要なんです!」
『まったくしょうが無いわね……次からはプリンを要求するからね! それで、私は何をすれば良いの?』
「キスして下さい」
『はいはいキスね、そんなのお安い御用……ってあんた馬鹿なの? 駆なの?』
すいません。駆です。
そんな俺の冗談に見せかけた本気のお願いをちゃんと叶えてくれるのが、優しい死神キリハさんだ。
『くっ、そんなこと言われたら、しないと悪い死神みたいじゃない! もうっ! 調子いいんだから!』
***
『それじゃあ、あのデカブツを倒せば良いの?』
まだ顔が赤いキリハさんが、はるか上空を睨みながら尋ねる。
「キリハさんには、倒したベヒーモスの身体が地上に落下しないように結界を張って欲しいんです」
『はあああ!? あんなデカイの空中結界じゃあ支えられないわよ? アンタ結界を何だと思ってるのよ……』
「そっか……やはり無理ですよね……いでっ!?」
俯く俺のおでこに衝撃が走る。キリハさんのデコピンはめっちゃ痛い。
『ほら、そんな顔しないの! 空中じゃ支点が無いから無理だけど、地上を守るぐらいなら出来るから、安心しなさい』
キラキラと輝く銀糸のような髪が風に踊る。心強くて涙が出る。
『まったく泣き虫なんだから……ほら、大規模結界張るのに神力足りないの。さっさと寄こしなさい』
強引に唇を重ねて神力を補給すると、そっと離れて手を振る可愛い死神。
『行ってらっしゃい。気をつけてね!』
「はい、行ってきます、キリハさん」
『主殿……拙者も神力補給したいでござる』
「……なんか痛そうだから嫌だ」
『そこを何とか!』
可愛い相棒の可愛い願いに負けて、仕方なしに刀身へキスをする。
ザシュッ!!!
……めっちゃ唇切ったんですけど!?
『ふふっ、主殿の新鮮な生き血をすすれば拙者も力が……ふおおおおおおお!!』
ま、まあ結果オーライだが、言い方怖いよ!?
刀身が血の色に染まった禍々しいデスサイズを手に、さあベヒーモスと対決だ。
***
「……デカイなシグレ」
『そうでござるな主殿』
ついに姿を拝んだ大地の魔獣ベヒーモス。なぜか大空で戦うことになっているが、細かいことは気にしない。
その姿は……まるでクジラだな。岩のような鱗とサメのような凶悪極まりない歯を除けばだけど。
もちろん、のんびりと空中戦を楽しむつもりは無い。いくらキリハさんが守ってくれているとはいえ、範囲には限界があるからな。ベヒーモスが寝ぼけている今のうちに瞬殺一択だ。
おそらくベヒーモスに気付かれることは無い。毎晩の過酷なトレーニングによって、俺の神力コントロールはすでに神級となっている。最近はイリゼ様にも褒められるくらいだからな。
風に舞う木の葉程度の存在感しかない今の俺に、ベヒーモスが気付くはずがないのさ。
『16身分裂!!』
今の俺が完璧にコントロールできる最大数が16人だ。
しかも、ただの16人じゃないぞ。分裂の凄いところは、身につけている服や装備も分裂可能なんだ。まあ、だからこそ厳重に宝物庫管理されていたんだろうけど。
つまり、俺だけじゃない、デスサイズのシグレもちゃんと分裂しているんだ。ヤバいね。
***
悠々と空を泳ぐ姿を眺めていると、その圧倒的な存在感に自然と畏敬の念が湧いてくる。
この世界の創生期から存在し、大地を育み続けてきた原初の魔獣ベヒーモス。
ごめんな。本当は倒したくなんかないんだ。
俺はこの世界を愛している。人や様々な種族が混在し、魔獣、魔物、精霊を育んできたこの大地を慈しんでいるんだよ。
だからベヒーモス。お前には感謝している。そして最大級の敬意を捧げよう。
安心してくれ、痛みなんて与えない。一瞬で終わらせるからな。
集中しろ、研ぎ澄ませ、俺が断ち切るのはこの世界そのものだ。
覚醒しろシグレ、お前の持つ可能性を解き放て、理を切り裂く神滅の刃よ。この哀しき大地の守護者に安息を。永遠に続く呪縛をぶちこわせ!!
『破竜地斬・ソウルセイバー!!!』
その瞬間、16人のカケルが同時にシグレを振り下ろす。極限までコントロールされた神力は、世界そのものを切り裂くほどの威力を持ちながら、周囲にそよかぜすら起こさない。その命のみを刈り取る優しき死神の祝福だ。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『ああ、もう良いよね? レベルが上がりました×999 はい、以上!』
あの、リエルさん? せっかくの余韻が台無しなんですけど?