聖剣エロスカリバーとの契約
アーサー王子たちと今後の話をしていたら、メイドさんが、食事会の準備が出来ましたと呼びに来てくれる。部屋に王子たちが居ることに気付いて、可哀想なメイドさんは、腰を抜かさんばかりに驚いていたけれども。
「アーサー王子、とりあえず、食事会に行きましょうか?」
「ああ、そうだな、父上やルーザーとも話し合う必要があるからな」
当面の理想は、ヴァーミリオン陛下が死なないで済む方法を見つけること。王位継承の儀については、この国の人間が決めることであって、俺が口出しすることではないだろう。
***
浮遊庭園に移動した俺たちは、綺麗に手入れが行き届いた花畑の中に設置されているテーブルへと向かう。なんか食事会というよりは、お茶会のイメージだな。
浮遊庭園への移動には、箱型の昇降機、つまりエレベーターを使った。さすが刹那。実に快適で、ガラス張りじゃなければ、動いているのか分からないほどの静音設計だったよ。
「英雄殿と勇者さまは、昇降機に驚かないのですね」
「俺たちが居た世界では普通だったからな」
「それに、これを作ったの先輩のお嫁さんだしね!」
「は? それはどういう意味――――」
「ま、まあその話は後でゆっくり、それよりほら、みんな揃っているみたいだぞ?」
こちらの様子を苦々しい表情で見ている男が例の宰相か。なぜ王族の食事会にいるのかと思ったら、王妹の入り婿なんだね。良いか悪いかは別にして、中々有能な人物なのだろう。
***
「おおっ、待っていたぞ英雄殿。では全員揃ったことであるから、家族を紹介しよう」
陛下自ら、家族を紹介してくれるのだが、気になるのは陛下の隣に座っているまな板美少女。念の為言っておくが、まな板が気になる訳ではない。それも4割ぐらいあるが、そうじゃない。
「そして彼女が、エロース。聖剣エロスカリバーだ」
最後に紹介されたエロースがスッと立ち上がり、妖艶な笑みを浮かべる。薄いピンク色の髪と雰囲気が、少しリリスと似ている。
「はじめまして、英雄さま。私はエロース。どうぞ宜しくお願い致します」
エロースが放つ魅力は大したものだが、俺には通用しない。通用しないが、視線は胸板に釘付けになってしまうのは聖剣の力だろうか?
「あら、そんなに熱い視線で見られると恥ずかしいですわ……」
くっ、バレてやがる。ルーザー王子、そんな信じられないものを見るような眼は止めるんだ。まな板の良さは深海より深く、可能性はこの空よりも広いんだ。
「失礼、あまりにもお美しいので、つい見惚れてしまいました」
惜しい、実に惜しいことだ。長きに渡る王位継承の儀、この美しき伝統を現代に生きる我々が勝手に終わらせて良いのだろうか。どうしても終わらせるのであれば、俺が継承することも視野に入れる必要があるか。
***
和やかな食事会が終わりを迎える頃を見計らって、陛下に尋ねる。
「陛下、王位継承の儀を終わりにするというのは本当でしょうか?」
全員に緊張が走る。エロースの目がスッと細められて、わずかに殺気が零れ出る。
「……本当だ。この国も十分強く成熟した。もう聖剣に頼る時代は終わりにせねばなるまい」
なるほど、陛下の意思は固いようだな。
「父上、私が王位継承をすれば済むことです。それに、いざという時には、聖剣の力が必要になるはず。ご再考下さい!」
「ま、待って下さい! 王位は私が継ぎます。兄上……いえ、姉上は引っ込んでいて下さい」
「駄目だ。お前は巨乳好きだろう? まな板属性ゼロのお前には務まらん」
「ぐっ、大丈夫です。好きになるように、毎日まな板を洗っています」
美しい兄弟愛だが、エロースの殺気が増してますよ? あとルーザー王子、努力の方向がおかしい。
「ハハハ、お前たちの人生を縛り付けるような真似はしたくないのである。気持ちは有難く受け取るが、余はもう決めたのだ」
「……伯父さま。どうか考え直してください」
この話を初めて聞かされたエレインは可哀想なぐらい動揺している。
「そうですわ。私もヴァーミリオンさまを殺したくはありませんし……」
エロースは当然そう言うだろうけれど、若干淋しそうにも見える。意外に情け深い剣なのかもしれないな。
「先輩……何とかならないの?」
美琴たちも、心配そうに経緯を見守っていたが、たまらず期待の眼差しを向けてくる。安心してくれ。困っている人がいるなら、丸ごと救うのが俺の英雄としての生き方なんだから。
「そのことだが、エロースに提案がある」
「……なんでしょうか? 英雄さま」
「契約の上書きあるいは変更をしたい。可能か?」
契約の破棄のペナルティが所有者の死であるならば、それしか方法がない。
「……限りなく不可能に近いですが、可能です」
しばらくじっと考えていたエロースだが、どうやら可能なようだ。
「それで、条件は?」
不可能に近いという以上、かなりの難易度が予想されるが、挑まないという選択肢はない。
「簡単なことです。私の本体を手に入れて、これまで注ぎこまれた以上の精を注ぎこめばいいのです」
エロースの表情は、諦め、悲しみ、怒り、喜び、困惑、あらゆる感情がないまぜになったように複雑だ。
「……わかった。やってみよう」
「不可能だ英雄殿、そもそも我々歴代の王の誰一人として、本体を手に入れることは出来なかった。それにだ、仮に本体が手に入ったところで、これまで注ぎこまれた以上の精を注ぎこむなど更に不可能。歴代の王、8百年分であるぞ?」
なるほどな。たしかにヴァーミリオン陛下の言うとおり、ほぼ不可能という意味はわかった。
「……どうやらわかってもらえたようね? わかったなら諦め――――」
「エロース、誰が諦めるって? 逆だ。俺はわくわくしてきたぞ」
「なっ!? なぜそんな顔が出来るのです……そんなことをして貴方に一体何の得が……」
確かにな。本当は俺が口を出すことではないのかもしれない。でもさ、誇り高い人々が大事な他人の為に傷つくのを黙って見ていられるほど、人間が出来ていないんだよな。そして何より――――
「そのまな板が欲しいんだ、俺は!!」
「先輩……台無しだよ!?」
静まり返った食事会メンバーの生暖かい視線と美琴のごもっともなツッコミに、やってしまったと反省するカケルであった。