アーサーとルーザー両陣営の思惑
「エレインが結婚だと!? 馬鹿な……あの鋼鉄の女傑が? しかも自ら申し出たなど信じられん……」
「しかし、アーサー殿下、実際に陛下も認められたとのこと。さすがは英雄といったところでしょうか」
くっ、確かにランスロットの言う通り、父上が認めたというならば事実なのだろう。あのエレイン大好きの父上が許したという方がむしろ信じがたいが。
「ですが、アーサー殿下、問題はそちらではなく、新大陸計画が失敗したことです」
ランスロットがその整った顔を歪める。
確かにそちらの方が大問題だ。やはりルーザーが要求してきた、計画を承認する引き換えに、ガウェインを指揮官の一人に据えるという条件なんて呑むんじゃなかった。懸念していたとおりだった。
「幸い英雄殿の計らいで、被害は最小限で抑えられたようですが、これで聖杯探しは振出しに戻ってしまいました」
くそっ……新大陸にあると云われている伝説の聖杯。ようやく道筋が見えたと思ったのに。
「だが、ランスロット、新大陸計画は継続されることになったのだろう?」
「はい、ベルトナー卿が新しい責任者に指名されました。まずは一安心といったところですね」
ベルトナー卿は我々の派閥が拾い上げた男だ。しかも英雄殿と親しいと聞く。今後はもう少し彼を重用した方がいいのかもしれないな。
「後は、ルーザー殿下側の動きが気になりますね」
ランスロットが居てくれて本当に助かっている。こんな緊急事態だからこそ、頼りになる腹心の存在に感謝するのだ。
「アーサー殿下?」
「ああ、すまない。ルーザー派の連中は、エレインとルーザーを結婚させたがっていたからな。こうなると果たしてどう動いてくるか……」
「……最悪の場合もあるかと」
ルーザーを王位につけることに狂信的なまでの執念を燃やす連中だ。英雄殿を亡きものにしようとしても不思議ではないか……
「よし、ランスロット。英雄殿に接触しよう。出来るだけ早く、先手を打つのだ」
エレインとは関係を強化しておいた方が良いだろうからな。
「すでに手配済みです。食事会の前に接触しましょう」
「さすがだな、ランスロット」
「過分なお言葉ありがとうございます」
ランスロットを伴い、英雄殿がいる控室へと足を早めるアーサーであった。
***
「うーむ、厄介な事になった」
脂ぎった顔に流れる汗を拭いながら宰相のドリトルが呻いている。
「どうしたのです、叔父上?」
「む、ルーザーか? 実はエレインが結婚することになったのだ」
「エレインが? それは目出度いことではないですか! 私は彼女が苦手でしたから嬉しいです!」
「何を暢気なことを。エレインとの結婚こそ、王位への道なのだぞ!」
「……それならば、我に任せてもらいましょうか」
何も無かったはずの空間が歪み、ロープを羽織った人型へと変わる。フードを深く被り、中性的な声からは、年齢、性別ともにうかがい知ることは出来ない。
「マーリンか……」
現れたのは、宮廷筆頭魔導師のマーリン。宰相ドリトルの盟友であり、ルーザー派最大の影響力を持っている。
「英雄殿にはお帰り願います。拒否するなら力づくで」
背筋が冷えるような声に、宰相ドリトルの汗も引かざるを得ない。
「ならば任せるが、あまり時間はないぞ? 食事会の前にケリをつけねば」
「ククク、問題ない。空間ごと消し去るだけですから……」
不気味な笑い声を残して再び消えるマーリン。
「あ、相変わらず、恐ろしい奴ですね、叔父上」
ぶるりと震えるルーザー。
「まあな。だが、味方であれば、あれほど頼もしい奴もいない」
どうやら懸念材料は無くなりそうだと、再び流れ出した汗を拭うドリトルであった。
***
『カケルさま、お客さまのようです。通してよろしいですか?』
「構わない。通してくれ」
ヒルデガルドの案内で部屋に入ってきたのは、怪しげなローブを羽織った魔導師20名。挨拶にしてはずいぶん物々しいものだな。
「お初にお目にかかります。我は宮廷筆頭魔導師のマーリン。いきなりで申し訳ございませんが、今すぐ、エレインさまとの婚約を破棄して、帰っていただけませんか?」
底冷えするような冷たく感情が籠っていない中性的な声。やれやれ、またずいぶんとせっかちなことだ。
「……ちなみに、もし断ったらどうなるんだ?」
「……その質問に答える必要はないかと。つまりはそういうことです」
更に声の温度を下げるマーリン。ふふっ、面白い。死にゆく者に答える必要はないということか。
「そうか……それでは、こちらからも一つだけ。今すぐ引き上げるなら、何も見なかった、聞かなかったことにしてやってもいい」
むこうも、一応不意打ちせずに、わざわざ忠告に来てくれたんだ。こちらも見習わないとフェアじゃない。
「……貴方、この状況で冗談が言えるとは意外に面白い方なのですね……お断りしますが」
「面白いと言われたのは2度目だな。残念だけど、どうやら交渉決裂ってことだな?」
「ふふふ、そのようですね。まあ、もう終わっていますけれど」
いつの間にか部屋全体の空間そのものが隔離されている。これは空間魔法か?
「先輩!」
美琴が短く叫ぶ。大丈夫だ。わかっているさ。腰に下げた聖剣を引き抜く。
「ふははは! 無駄ですよ。今更剣でどうしようというのですか? この空間内では、私は神に等しいのです。無駄な抵抗は苦しみが長引くだけですよ?」
勝ち誇ったように笑うマーリン。いつも思うけど、なんで悪役の人ってべらべらしゃべるんだろうね?
「ふふっ、それはどうかな? この聖剣クロスレイヤーの威力。その身で思い知るがいい」
刀身が青く輝き出す。カケルはにやりと口角を上げるのだった。




