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深海の王女テティス


「あ、あわわわ、し、シェーラでしゅ……あ、シェーラです、英雄しゃま、助けていただきありがとうございましゅ……」


 かみまくりながらも、必死に頭を下げるシェーラさま。ヤバいね。可愛すぎてヤバい。高い高いして甘いものあげて甘やかしたい。


「いいえ、英雄としての務めを果たしただけですから、お礼なんて不要ですよ。でも、ありがとうございます。そういってもらえると、頑張った甲斐がありますからね」


 さすがに未成人の王女さまを抱き締める訳にもいかないし、真珠色の髪をそっと撫でる。



「ふえっ!? あの……それで、エメロードラグーンは? 皆は、国民はどうなったのでしょうか?」


 ふふっ、聞いていたとおり、本当に心優しい王女さまなんだな。やはり自分よりも民の方が心配か。


「ご心配なく。囚われていた人たちも全員助けましたし、もう何も心配いりませんよ。良く頑張りましたね、シェーラさま」


 最後まで繋がっていた糸が切れたのだろう。


 俺の胸に飛び込んで泣きじゃくるシェーラさま。


「う、うえっ……英雄しゃま、シェーラって呼んでくだしゃい……」

「……分かりました、シェーラ」

「……ウぇっ……敬語」

「……分かった、シェーラ」

「うわああああん。英雄しゃまああああ……」


 一体何度繰り返してきたかわからない、王族あるある。もういっそのこと、最初から敬語なしの方が喜ばれる説だな。しないけど。


 どうでもいいけど、向うから抱きついてきたんだから、抱きしめても良いんだよね? 教えて勇者様?


「やっちまいなよ先輩!」


 お前に聞いたのが間違いだったよ。


 内心葛藤しながらも、シェーラが泣きやむまで、優しく抱きしめるカケルであった。



***



「テティス殿下、英雄殿がお待ちです」

「ひぅ!? も、もう? あわわわわ……大丈夫かしら? おかしくない?」


「クスクス、大丈夫ですよ、殿下。驚くほどお綺麗です」


 宝石サンゴや、各種貴重な真珠などで着飾ったテティスの姿に見惚れる侍女たち。普段のラフな姿とのギャップもあって、同じ人物とは思えないほどだ。もちろん、恋する乙女はいつだって綺麗になるのは言うまでもないことだが。



 テティスが向かった先は、アビスの中でも最も美しいとされる王宮の中庭。


 ここでしか育たない虹色の宝石サンゴが、この世のものとは思えない幻想的な空間を作り出している。


(あ……いらっしゃった……本当に不思議な髪色ね。あれが『黒』っていう色なのかしら)


 遠目に映る英雄の後姿に目を奪われるテティス。


 ああ……もう、宝石サンゴを眺めるうしろ姿がすでに素敵。見ているだけで心臓が高鳴るのが分かるわ。


 どうしましょう。すでにドッキドキで足が震えてるのに、顔を合わせたら耐えられるかしら私。


 何てことを考えていたら、いつの間にか、英雄さまが目の前にいらっしゃる。はわわわ!? か、格好良過ぎて死んでしまいそう!


「貴女がテティスさまですね? はじめまして、異世界の英雄カケルです」


 カケルさま……なんてお優しい声なのでしょう。


 吸い込まれそうな黒い瞳。ああ、そんなに見つめないで下さい。私の全てが貴方の色に染まってしまう。呼吸をするのも忘れてしまいます。


「は、はじめまして、アビスの王女テティスです。あ、あの……宜しくお願いいたします」


 

***



 こんなに緊張したのは生まれて初めて……でも、カケルさまは、とても優しくて、お話もとても面白い。あっという間に時間が過ぎてゆく。


 楽しい。ううん、幸せの方がずっと近い。


 ずっと思い描いていた憧れの存在。こんな人だったら良いなって想像していたのが、色褪せちゃうぐらい素敵な人。


 だから……ちゃんと伝えないと。辛くても言わなければならないの。


 もし受け入れてくれなくても仕方がない。黙ってお嫁さんになるなんて、それは絶対絶対だめなことだから。




 私のユニークスキル 『出藍之誉(しゅつらんのほまれ)』は、生まれてくる子は必ず父親を超える力を持つというもの。


 だけど、このスキルには、致命的な欠陥がある。


 このスキルによって生まれた子は、父親を超えると、必ずその父親を殺すことになる呪いのような悲劇の力。


 だから、誰も私を妻にしようとする人はいなかった。当たり前だ。誰も殺されたくなんかない。ましてや我が子によってなど。


 私だってそんな悲劇は望まない。だから一生独り身でいると決めたのだ。英雄の妻になるという一筋の願いだけ残して。



「……カケルさま、もし私をお嫁さんにしていただけるのでしたら、お話しなければならないことが――――」

「『出藍之誉(しゅつらんのほまれ)』のことだろ? 心配するな、ちゃんと分かってるから」

「あ、ありがとうございます。魚人族は妊娠期間が決まっております。ちゃんと避妊できますので、ご安心下さい」


「ん? テティスは、子どもは欲しくないのか?」

「!? そんなの……欲しいに決まっているじゃないですか! 何でそんなことおっしゃるのですか?」


 抑えていた感情が爆発してしまった。カケルさまは何も悪くないのに……涙が溢れて止まらない。


「ごめん……言葉が足りなかった。俺にはスキルが効かない……というか、眷族化すれば大丈夫だ。欲しいなら何人でも産んで良いんだからな」


「ウソ……本当に?」

「ああ、本当だ。最初に言うべきかなとは思ったんだが、初対面でいきなり子どもを産んでくれとか言えないだろ?」

「ふふっ、それもそうですね」


 照れくさそうに笑うカケルさまが愛おしくてたまらない。私はとっくに引き返せないほど、貴方を愛してしまっているのですよ?


「あの、カケルさま……」

「なんだテティス?」

「少しだけ胸をお借りしても良いでしょうか?」

「遠慮なく、いつでも、いくらでも使えば良い。テティスはお嫁さんになるんだからな」


 カケルさまの胸は、とても温かくて、この深海にまでお日様が差し込んだみたいで安心する。


「う、うぅ……うわあああん! 良かった……本当に良かったです……本当に」



***



 俺の胸の中で泣きじゃくるテティスの藍色の髪を撫でる。


 青は藍より出でて藍より青しか……俺の子どもたちはどうなんだろうな。


 楽しみなような、不安なような。いずれにしても、イリゼ様に迷惑をかけることは避けられそうにないな。


 深海からは天は見えないけれど、先に謝っておこうとひそかに決めるカケルであった。 


 

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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