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リーヴァと三又の矛


 (ほこら)というと、小さいイメージがあるが、目の前のそれは、もはや大聖堂といってもいいほど、巨大なものであった。


 最初から小さくすればクラーケンも入れなかっただろうにと思ったが、建物の構造上もともとは地上にあったものみたいだから、想定外だったのだろう。


 本来であれば、華麗な装飾に目が奪われるのであろうが、クラーケンが住みついてからは、手入れもされていないためか、表面を覆う藻や海藻によって、その威容もわずかに垣間見える程度でしかない。



「うわあ……気持ち悪っ!?」


 祠の中は、さながらクラーケンの巣で、大小様々なサイズの触手がひしめいている。


「あれが三又の矛か……」


 そんな祠の中で輝きを放つ三叉の矛は、結界を維持しているため、クラーケンたちも近寄れない。


 クラーケンの中でも一番大きいボス格が、触手を使って矛を抜こうと試みてはいるが、触手が結界に焼かれてしまうため、今のところは上手くいってはいないようだ。


 とはいえ、圧倒的な質量を伴った攻撃は着実に結界にダメージを与え続けており、近い将来、どうなってしまうのかは、容易に想像できる。



「とにかく、まずはクラーケンを排除しないとな」


 シグレを召喚してクラーケンの巣に突っこむ。


『な、なんだ、こいつは!?』


 あまりにも無防備に踏み込んだので、逆にクラーケンの方が驚いて一瞬動きが止まる。その隙が命取りだよ?


『悪いけど全員俺の召喚獣になってもらうからな……ソウル・セイバー!』


 シグレを超神速で一閃するだけで、クラーケンたちが絶命してゆく。彼らに関して言えば、どちらかといえば恨みよりは、感謝の念のほうが強いので、苦しまないようにソウル・セイバーを使う。


(うおっ!? これはえげつない威力だなおい……)


 命名されてランクアップしたことに加えて、俺が神気を注げるようになった為、シグレの力はもはや地上では完全なオーバーキルとなってしまった。


(主殿……そんなことを言わずにこれからも拙者を使って下され)


 シグレが悲しそうにそんなことを言うので、思わず抱きしめてしまう。


 ザシュッ!!


 ……そうだったな。お前は刃物だったな。


(あ、主殿おおおおおお!?)


 出血多量で意識が遠のいてゆく。はは……俺はこんなところで死ぬのか……


『カケル……まだ死んじゃダメ』


 み、ミコトさん……そ、そうだよ、死んでる場合じゃない。でも、もう力が入らないんだ。


『神級スキル……ミコトの癒し発動』


 す、すげえ……ミコトさんのキスで瞬時に元に戻って……


「ミコトさん……」

『ふふっ、愛の奇跡ね』


(……げっ!? 先輩とミコトさんの小芝居が始まったか……これは長くなりそう)


 でも、んふふ。表には出られなくても、感覚は共有出来るんだよね。これはたまりませんと喜ぶ美琴であった。



***



「それでリーヴァ、何か思い出したか?」


『ああ……思い出した。懐かしいな……そうか、これがあの時の……』


 きっとリーヴァにも色々あったのだろうな。いつか、話してくれる時が来るだろうか?


『これはアレだ、分かりやすく言えば、過剰なエネルギーを凝縮したものだな』

「ごめん、もう少し分かりやすく」

『ううむ、まあ、脱皮した抜け殻みたいなものだな。魚人族の王が結婚して国を作るというから、祝いの品として渡したもので間違い無い』


「なんか意外だな、リーヴァが贈り物をするなんて……」

『我を神と崇める可愛い奴らだったからな』


 そう言って目を細めるリーヴァ。


 

 その昔、遭難した船を助けた魚人族の王子と恋に落ちた人族の姫。


 エメロードラグーンは、そこから始まったのだと云う。


 三叉の矛の結界により、両国はあらゆる海の脅威から護られた。


 けれど長すぎる平和は、ある種の毒薬にも似て、両国を穏やかに蝕んでゆく。


 繁栄を極めたエメロードラグーンは、いつしか母国であるアビスと袂を分かち、国として独立することになる。


 それと共に、三叉の矛を祀った祠が海中に沈み、両国の間に深い深い溝が生まれてしまった。


 人々は忘れてしまったのだ。結界は両国の絆を依代に維持されていたことを。


 もし両国が、変わらず関係を維持していたならば、三叉の矛は今もなお海上にあり続け、アビスはクラーケンに怯えることもなく、エメロードラグーンはキャメロニアに屈することも無かっただろう。



『……我から見れば、人間たちの営みなど、弱く、不安定で取るに足りないものではあるが』


 彼女は最後まで語り終えると、深く長い息を吐く。


『……同時に等しく愛しい我が子のようにも思っているのだ』


 以前、イリゼ様もおっしゃっていた。この世界のすべてを等しく愛していると。リーヴァもそれに近いものを感じているのかもしれないな。


 見た目は幼い彼女の横顔に、深淵を覗き込んだような迫力を感じてしまった。


 俺もいつか神となったとき、同じような気持ちになるのだろうか? でも少しだけわかってきたような気もする。


 今までは関わった人たちを守るので精一杯だったけど、最近は、この世界そのものが愛おしく、かけがえのないものに感じるようになってきた。


 ただただ世界の営みを見守っていきたいと思うようにはなってきたのは偽りのない気持ちだ。




 でも、考えてみれば、キャメロニアがエメロードラグーンを侵略していなければ、俺がここにやってくることもなかったし、場合によっては両国とも知らぬ間に滅んでいたかもしれない。


 変な話だが、結果的にベルトナーくんの行動にも、世界の理みたいなものが働いていたのかもね。


 考えてもわからないことは神様に任せればいい。


 俺はこれからも、目に見える、そして手が届くところを精一杯助けてゆくことしかできないのだから。

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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