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人魚の涙 王女シェーラ


 エメロードラグーンの近海にある魚人族の国アビス。


 光がギリギリ届く海中深くにあるため、人族と接することはほとんど無く、独自の文化圏を築いている。


 そんなアビスに保護されているエメロードラグーンの王女シェーラは、侍女のドナと二人、王宮内に部屋を与えられていた。半魚人族は、水中でも呼吸ができるのだ。


 大小様々な魚たちが舞い踊り、宝石サンゴが幻想的な雰囲気を醸し出しているが、シェーラの表情は暗く、青ざめている。



「ドナ……どうして私、あの時もっと強く引き留めなかったのでしょうね……」

「……シェーラ殿下」


 実は、シェーラの元に、乗り手の居ない魔獣イカルが戻ってきたのだ。


 このイカルは、東に救いを求めに行ったメイドたちに貸し与えたもの。それが戻ってきたということは、3人に何かあったとしか思えない。


「う、うう……私のせいで……どうすればいいの? 私にはもう国も自由も未来もない。でもね、そんなことはとっくに覚悟は出来ていたの。ただ、キトラたちを行かせてしまった自分が許せないのです……」


 シェーラの瞳から零れ落ちる涙が宝石に変わる。


 半魚人族の王族にまれに生まれる特別な力を持った王女。感情によって色が変化するその宝石は、『人魚の涙』と呼ばれ、国宝級の価値を持つと言われている。


 生まれ落ちた宝石は、深い悲しみの青色で、冷たく見るものを魅了する危険な輝きを放っている。


 ドナは、慌てて宝石を拾い上げると、袋に入れて懐に隠す。魚人族に王女の秘密を知られたくはなかったのだ。


「シェーラ殿下、まだ決めつけるのは早すぎるのではありませんか? それに、私が付いております。大丈夫。絶対お一人にはいたしません」

「……ありがとう、ドナ。ごめんなさいね。弱音を吐いたりして」


(お可哀想なシェーラ殿下……)


 まだ成人もしていない、この幼い少女に全てを背負わせることになってしまった。でも――――


 それでも、皆は殿下を助けたかったのです。陛下も、王妃様も、王宮の皆も、お優しい殿下が大好きだから、必死で殿下を逃がそうとしたのです。


 キトラさまも、ナディアもフローネも、もちろん私だってそうなのですよ。



 おそらく、キトラさまたちが戻ってくる可能性は低いだろう。となれば、もう私しか残っていないのだ。


(この命にかえても……シェーラ殿下をお守りせねば)


 ドナは、震える王女を抱きしめながら固く決意するのであった。



***



「「「カケルさま! 美琴さま! お待ちしておりました」」」


 海上のシードラに転移してきた俺と美琴を、大喜びで迎えてくれるのは、キトラ、ナディア、フローネの3人の美しき半魚人族。


「ごめん、待たせたかな?」  

「いいえ、私たちも今到着したところです」


「先輩……なぜ、デートの待ち合わせみたいになってるのかな?」

「まあ、いいじゃないか。美琴だって二人きりで南の島に行くなんて新婚旅行みたいって喜んでいたじゃないか」

「ぶううう……それなのに転移ではい到着とかムードもへったくれもないもんだよね! がっかりだよ」


 ご機嫌斜めの勇者が可愛い。


「美琴……時間が余ったら、二人で南の島イチャイチャするか?」

「……する。さあ、さっさと片づけようよ先輩!」


 おお、ご機嫌になった美琴がお日様みたいで可愛い。なでなで。


「……カケルさま? もちろん私たちともお願いしますね?」

『主様、私も当然可愛がっていただけるのでしょう?』


 もちろんだとも。シードラも頑張ってくれたからな。何より、美琴にとっては最高のご褒美になるから助かるよ。もちろん俺にとってもだけどな。んふふ。


 美少女好きの美琴の存在は、俺にとってとてもありがたい。彼女たちにとってはそうでもないかもしれないが。どうか慣れていって欲しいと願っている。他人事みたいですまんな。



***



「……あれがエメロードラグーンか……せっかくの美しい景色が台無しだな」


 南国の楽園には不釣り合いな物々しい軍船の群れ。


 乱獲され、無造作に船に積み込まれてゆく巨大なフルーツ。そして、奴隷として売られるのであろう、半魚人族の人々もまた、無言で俯向きながら船内に押し込められている。


(ずいぶん荒っぽいことをしやがって……)


 まあ、仕方ない部分もあるか。


 命がけで海を渡り、博打に勝ったのだ。当然の権利、対価だと思っていることだろう。


 その昔、アメリカ大陸を発見したヨーロッパ人たちは、神からの贈り物だと言って、全てを我が物としたように。すでに住んでいる人々も含めて彼らにとっては戦利品なのだろうから。


 理解はできるが、許容出来るかどうかは別問題。エメロードラグーンは、もう俺の家族みたいなものなんだから、見過ごすわけにはいかないんだよ。

 

 もっとも、次の機会がある、また無事に辿り着ける保証もないのだから、今回奪えるだけ奪ってやろうという気持ちは分からなくもないけどな。



 俺は地理を知っているから、このエメロードラグーンが、別の大陸への中継地として最適なことが分かるけど、連中にその発送は無い……いや、それにしてはおかしいな……船団の規模が巨大過ぎる。


 まるで、この先に新大陸があることを知っているかのような行動……まさか、異世界人が絡んでいるのか? いわれてみれば、連中の乗ってきた船も、この世界には似つかわしくない近代的なものだったし。



 ともあれ、こうしている間にも、楽園が荒らされていると思えば、ぐずぐずはしていられない。


「いくぞ、美琴」

「了承だよ!」


『主様、私も参ります!』


「いや、シードラは3人を頼む。あと、悪いけど一人も逃がさないように見張っておいてくれ」

『わかりました主様。造作もないことです』


 シードラの海流操作によって、このエリアから船が脱出することはもはや不可能だ。



 さあ海賊ごっこの時間は終わりだぞ。続きは鉱山でたっぷり楽しんでくれたまえ。

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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