さらばアトランティア
アトランティアに朝がやってくる。
はるか地平線の彼方から夜が侵食されてゆく。
「そろそろ上がろうか、セレスティーナ?」
日課の鍛錬は、今朝はセレスティーナと二人きりだ。本来なら美琴もいるはずなんだが、牛乳の飲み過ぎでダウンしている。あの勇者、最後はコーヒー持ちだして、味変してまで限界にチャレンジしていたからな。さすがとしか言いようがない。
二人きりとはいえ、甘い空気など微塵もなくて、全身全霊、全力のセレスティーナと激しく打ち合う剣撃の音だけが場を支配し続けている。
たまにデスサイズのシグレから、甘い声がするような気もするが、きっと気のせいだろう。
「すまない旦那様、あと少しだけ、あと少しで掴めそうなんだ」
全力を出し続けることでしか見えてこないものがある。成長はその先にしかないのだ。
向上心の塊のような彼女との鍛錬は楽しい。俺もその気迫に応えるように、神気のコントロールに集中する。
「お疲れ様、大丈夫……じゃあなさそうだな」
「すまない……旦那様……抱っこしてください」
限界を超えて頑張ったせいで、起き上がることすら出来ないセレスティーナを抱き上げる。
「んふふ、やはり旦那様のお姫様抱っこに勝るものは無いな。幸せ過ぎて死んでしまいそうだ」
「死なれたら困るから、降ろすぞ?」
「う〜、旦那様の意地悪……」
口を尖らせる可愛い彼女とセントーで戦闘訓練ならぬセントー訓練を終えたら、いよいよアトランティアとはお別れだ。
実際は、一泊しただけなのだが、時空魔法を使いまくったせいで、一月は居たような錯覚を覚える。まあ、主に神界で過ごした時間が長かったのだけれど。
しかし昨夜は凄かったな。
まさか、イリゼ様とミコトさんの牛乳まで飲めるなんて……死亡再生の自己記録をあっさりと塗り替えたのは言うまでもないだろう。
え? それで結局誰が1番だったのかって? みんな違ってみんな美味しい。そういうことさ。
***
「では、婿殿、また国際会議で会おうぞ!」
力いっぱい抱きしめてくるサタン陛下。
嬉しいんですけど、魔力の匂い嗅ぐの止めてください。鼻息が当たってますから!?
「カケルさま、娘たちをよろしくね。私も含めて」
「へ? それはどういう……?」
「だって、アストレアとガーランドの王妃がカケルさまのお屋敷に居るんでしょ? 国際会議までに交友を深めないとね。外交とは女性から始まるものなのよ」
たしかに一理あるか。仕方なく了承する。
「……カケル? なんでニヤけているのかしら?」
「何でもないよリリス。さあ帰ろう、プリメーラの屋敷へ!」
『プリメーラの屋敷の滞在時間は30分です。カケルさま』
うん、知ってた。帰るってより、立ち寄るって感じだよな。すぐに出発しないといけないし。
「大臣さま、次の公務は来週ですので、お忘れなきようお願い致します」
「分かったソルテ、またな」
敏腕大臣秘書官を抱きしめる。断じてパワハラセクハラではない。
「公爵さま、私もお屋敷に参ります。リリムさまのお世話役として」
「歓迎するよサテラ。よろしくな」
また優秀なメイドが増えてしまった。有難いことだな。アトランティアにもらった屋敷にも、サキュバスメイドを何人か雇う必要があるかもしれないな。え? 駄目? ……そうか。
大変だったけど、収穫の多かった各国歴訪もこれでお終い。あとは日程が決まれば、いよいよ国際条約を締結するための会議が始まる。法の秩序によって、この大陸の平和と安定が促進されることを願わずにはいられない。
だって、全ての国と親戚関係になっちゃったからね。みんな俺の家族みたいなものだ。
「リリス、ちゃんとアトランティアの景色、見ておかなくて良いのか?」
百年以上振りの帰国だけに、このまましばらく残るのかと思っていたのだが、一緒に帰るというリリス。
「ええ、だってまたいつでも連れてきてくれるんでしょう?」
「ああ……そうだな」
『クロドラ、頼む!』
『ククク、また我の力が必要になったか。まったく仕方のない主だな。よし、特別に美しい竜皇女が治めるエルドラドへ連れて行ってやろう』
「いや、プリメーラの屋敷へ頼むよ。すっごく気になるけど! エルドラドめちゃくちゃ気になるけど!」
巨大な漆黒の翼が風を切るように大空を滑ると、あっという間に浮島が離れてゆく。
巨大な浮島もファンタジーなら、巨竜に乗って飛ぶ俺たちもたいがいファンタジーだな。
さあ帰ろう我が家へ。
そして次の目的地は、エメロードラグーン。待ってろよ、すぐに助けてやるからな。
***
「という訳で、ちょっとエメロードラグーンに行ってくる。今回はすぐ終わらせるから、美琴と二人で行くよ。人手が必要な時は呼ぶから、その時は頼む」
今回は旅行要素はゼロだからな。確実に終わらせて明日はアルゴノートに行くんだ。んふふ。
「カケル殿、エメロードラグーンを占拠しているキャメロニアの兵士たちはどうするつもりなんですか? これ以上の受け入れは、アルカリーゼも困難かと」
ミヤビが心配するのも無理はない。すでにアルカリーゼには、数千人のキャメロニアの捕虜がいる。維持管理費用も馬鹿にならないから、近いうちにキャメロニアに行って交渉する必要があるだろう。
「大丈夫だ、今回はアストレアが引き取ってくれるからな」
「実は、アストレアで新たなダンジョンが発見されたんですよ、ミヤビ。ちょうど人手が大量に欲しいところだったから、助かるわ」
ユスティティアの悪い笑顔に、ミヤビも苦笑いするしかない。
キャメロニアの諸君。まあ、命まで取るつもりはないから、せいぜいダンジョン(鉱山)で反省するんだな。