神器クロレキシノート
「それで、俺って結局なんで呼ばれたんでしたっけ?」
イリゼ様とミコトさんの防御力をゼロにして、ダイレクトアタックを成功させた俺は、そういえばと思い出す。
『そんなの、逢いたかったからに決まってるじゃない』
そんな訳ないでしょうけど、嬉しいですよ。
「イリゼ様、嬉しいです……」
『カケルくん……って痛ああああああ!?』
『ふざけてないで、早く本題に入る』
ミコトさんのツッコミは本当にヤバい。間違いなく、国がいくつか、いや大陸が消滅するだろう。
『痛たたた……分かってるわよ。カケルくん、幻の抜け殻を召喚してくれない?』
やはりそれか。
「分かりました」
『深海幻、召喚!』
スケッチブックから、ゲスマルクこと深海幻が召喚される。
黒髪は無造作に伸ばされていて、目は少し落ち窪んでいる。背格好は、俺と同じぐらいで、見た目年齢は30歳ぐらいだろうか?
『こ、ここは?』
突然召喚されて動揺を隠せない深海。
『久しぶりね……幻』
『ひ、ヒイッ!? い、イリゼ……様?』
『今、呼び捨てしようとしたわね?』
イリゼ様のプレッシャーで幻の身体が沸騰する。こ、怖えええええ!?
『ぎゃあああああああ!?』
だが、ここは神界。すぐに再生される。それが超高速で繰り返されるのだ。まさに地獄すら生温いとはこのことだ。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』
平謝りの幻。同情はしないよ?
『しかし、舐めた真似してくれたわね。なんであんなことしたのよ……』
こんなに怒ったイリゼ様なんて見たことない。そして同じぐらい悲しげな表情も。
それだけ深海のことを信じていたんだろうな……なんか嫉妬してしまうよ。
『ふぇっ!? ち、違うからね!? 私が好きなのはカケルくんだけだから!』
慌てて抱きついてくるイリゼ様に荒んだ心が癒やされてゆく。
『んふふ、そうでしょう? お姉さんに癒やされなさい……って痛ああああああ!?』
『……真面目にやって』
『……ごめんなさい』
***
どうやら、深海は、邪神になる際に、人間としての弱い部分を捨てて行ったらしい。
馬鹿なことをしたな。弱さと強さは表裏一体。短所は長所になるし、影は光が当たらないと生まれないんだぜ?
人間らしさを捨てて神になろうなんて、呆れて物も言えないよ。
だって人間らしさを極めて昇華させたようなのが神さまなんだからさ。
『でも、幻を手に入れたのはお手柄よ、カケルくん。これで、邪神を引っ張り出すことが出来るからね!』
邪神を引っ張り出す? そんなことが出来るのか……
『いくら捨てても、魂は切り離せないのよ。こちらの幻を通して、邪神にダメージを与えてやる。ククク……』
イリゼ様が悪い笑顔で幻を見下ろす。
『ひ、ひいいいいい!? な、なにをするつもりですか!?』
『ふふっ…………黒歴史よ』
『く、黒歴史!? ま、まさか……や、やめてくれ……』
怯え震える深海だが、そんなもので邪神にダメージを与えることが出来るのか?
『カケル……黒歴史を舐めてはダメ。神に唯一ダメージを与えられるのが黒歴史。見てて』
懐から何かを取り出すミコトさん。なんだろう、ノート?
『ひっ!? み、ミコちん……そ、それはもしかして……』
『……イリゼの黒歴史ノート』
『い、いやああああああああああああああ!? お願いミコちん、何でも言うこと聞くから、それだけは許してええええええええ!?』
泣きながら震えるイリゼ様。もはや創造神の威厳などどこにもない。なるほどクリティカルなダメージが入っているようだ。
『……とまあこんな感じで邪神にも効果てきめん』
清々しい笑顔のミコトさんが怖い。
『隙アリ! 油断したね、ミコちん』
俺を見た一瞬のスキをついて、黒歴史ノートを燃やすイリゼ様。やることがセコイですよ!?
『……無駄だよ、イリゼ。オリジナルは厳重に保管してあるし、内容はすべて私の魂に刻まれている。万一、私に何かあったら、神界中に黒歴史がばら撒かれるようになっているから、変な気はおこさないように』
『そ……そんな……私は一体どうすれば……』
その場に崩れ落ちるイリゼ様を優しく抱きしめるミコトさん。
『イリゼはそのままでいい。黒歴史をすべて知った上で、私は親友になったんだから。これからも私たちは、ずっと親友』
『み、ミコちん……うわああああああん。ごめんね、ありがとう。大好きだから見捨てないで……』
くっ、他人の不幸は蜜の味というが、見てみたい……イリゼ様の黒歴史ノート。
『カケルくん……駄目よ? もし、読んだら、この世界を道連れにして私も死ぬから! 本当だからね!』
うはあ……涙目のイリゼ様が可愛すぎて死んだ。わかりました。絶対読んだりしません。
『さて……待たせたわね、幻』
深海の前で仁王立ちするイリゼ様。先ほどまでの弱々しい姿など微塵も感じさせない。攻めに回ると強いんだよね。
『嫌だああああああ!? た、助けてくれ、な、何でもするから、黒歴史だけは勘弁してくれ……』
ほほう……深海も中々の黒歴史をお持ちのようで。
『か、カケルくん、君からもなんとか言ってくれ、俺のマスターなんだろ? お願いだ……助けてくれ』
ちょっとだけ、可哀想な気もするが、自業自得だ。己の罪は己で償うしかないんだよ。
『往生際が悪いわよ……えいっ!』
『ぎゃあああああああああ!?』
深海の頭に手を突っ込み、かき混ぜるイリゼ様。うわあ……グロイ。
『あ、あが、あががが……』
白目を剥いて痙攣している深海。当然失禁している。
『ふふふ、なかなか良い黒歴史持ってるじゃないの』
嬉しそうにしてますけど、それって同類ってことなんじゃ……
『……カケルくんもやってみる?』
ごめんなさい。本気で冗談です。すいません。
取り出された深海の黒歴史は、黒いノートの形をしている。
『これを、世界中にばら撒いて、笑いものにするわ』
い、イリゼ様!? そ、それはあまりにも……
『ククク……いかな邪神といえども、出て来ざるを得ないわ』
『さすがイリゼ、もはや邪神顔負けの鬼畜っぷり』
『ああああああああ……終わった。もう駄目だ……』
いつの間にか髪が真っ白になっている深海。よほどのダメージと見える。
『ふん……せいぜい頑張って邪神に呼びかけなさい。邪神を消滅させたら、クロレキシノートは回収して、全員の記憶から消してあげてもいいわよ?』
なんか格好良い感じの名前になってるけど、黒歴史ノートだよね!?
『ほ、本当ですか!? イリゼ様?』
『……神様ウソつけない』
深海にとっては、地獄に差し込んだ一筋の光、あるいは蜘蛛の糸だったかもしれない。
死んだ魚のような瞳に光が戻ってきた。
まあ、せいぜい頑張ってくれ。
『あら、カケルくんは、早く例の子を連れてこないと。邪神は待ってくれないわよ?』
あ、そうだった……
そういえば、キタカゼからイソネ君を見つけたって連絡があったんだ。
早速協力を取り付けてこないとな。