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異世界転生したけど思ってたのと違う


「おい、 ヨツバ、これも頼む!」

「はい、マスター」


 目の前に積み上げられた使用済みの皿の山をにらみながら、店主に答える。


(全く……いつもの事ながら、なんでこんなに忙しいのよ!)


 このアトランティアという国は、世界有数の観光地らしい。らしいというのは、この国から一度も出たことがないからで、あくまで周りの人に聞いた話だから。


 ひっきりなしに訪れる観光客のおかげで、この国の経済は潤っているし、私も恩恵を受けているのだから、文句を言うつもりはないけれど、愚痴の一つも言いたくなるのは許してほしい。


 朝から晩まで皿洗い皿洗い皿洗い……こんな生活をもう10年近くやっている。おそらく皿洗いスキルはカンストしているであろう。


 マイスターレベルのプロ皿洗い職人と言っても過言ではないと個人的には思っている。まったく誇らしくないが。


 

(……ふう、疲れた~)


 ようやく休憩時間になり、控室のソファーに横になる。数少ない至福の時間だ。誰にも邪魔はして欲しくない。



 私には、人には言えない秘密がある、なんて言うと格好いいけど、実は前世の記憶を持っている。


 十年前、王宮で開催される成人式に行った時、宰相から一人ずつ握手と激励の言葉をいただけるのだが、宰相の手を握った瞬間、私のスキルが覚醒して、同時に前世の記憶が甦ったのだ。 


 あくまで推測でしかないけれど、おそらくあの宰相は、精神操作系のスキルでみんなを操っているんじゃないかと思う。だって、成人式に参加した人たちは、みんなどこかおかしくなってしまったから。


 普段は普通なんだけど、国の方針には無条件服従だし、特に宰相と騎士団長に対しては、不自然なぐらい言いなりの人形みたいになってしまう。怖いね。 



 私の場合は、たぶん覚醒したユニークスキルが無効化してくれたんだと思う。


 そう、『運命の赤い糸』がね。



***



 ちなみに前世の私は、ごく普通の女子高生だった……ごめんなさい、見栄を張りました。まったく普通じゃあなかった。中学の頃から毎日のように本を読み、小説を書いては、投稿を繰り返していた重度の文字中毒者だった。


 休み時間や放課後も、基本図書室や図書館に籠っていたので、友達もネット上の作家仲間以外にいなかったし、欲しいとも思わなかった。空いた時間があれば、空想や妄想の世界で遊ぶことに至福の喜びを覚えるような女の子だったんだよね。


 高校に入ってからは、当時サービスの始まったばかりの小説投稿サイト『小説家になってやる』に登録して、本格的に作家デビューを目指した。


 幸い、私には文才があったらしく、処女作がいきなりランキング入りして、新人賞までいただいてしまった。


 当然のように書籍化の打診が複数殺到して、なんだか夢の中にいるようだった。


 作家デビューした私はいろんな意味で注目された。いろんなっていうのは、自分で言うのもあれなんだけど、私は結構可愛かったんらしいんだよね。編集者さんやファンの人たちからは、ラノベ界の不知火美琴だなんて言われたこともある。さすがに言い過ぎだとは思うけど、当時のトップアイドルに似てるなんて言われて悪い気はしないでしょ?


 今思えば、少し調子に乗っていたのかもしれないし、浮かれていた部分もあったと思うけど、仕方ないよね?


 デビュー作も重版を繰り返し、出版不況に喘いでいた業界の救世主なんて言われ始めた頃に事件は起こった。


 いつものように担当の編集者さんと打ち合わせをしていた時、私は突然乱入してきた男に殺された。何が起こったのかわからないまま、あっけなく私の人生は終わったのだ。


 打ち切りを宣告された作家による逆恨みだったみたいだけど、私が一体あなたに何をしたというの?


 悔しかった。誰よりも小説に打ち込んできた自負もあったし、遊びもせず、お化粧もせず、おしゃれなんてしたこともない。ただ書くことが好きで、読むことが好きで、そんな私がたくさんの人に読んでもらう機会を得て。みんなが小説の続きを待っていてくれたのに。誰より私自身が一番続きを書くことを楽しみにしていたのに。



 だから、前世の記憶を取り戻したとき、本当に嬉しかった。これで続きが書ける。小説の続きが書けるって歓喜した。ええ、その時は喜びましたよ? すぐにここが異世界だって思い出して絶叫したけど。


 しかも、よりにもよって転生したのがサキュバス。


 たしかに私の小説の主人公はサキュバスでしたよ? でもね! 別にサキュバスになりたかったわけじゃなくて、サキュバスな女の子が好きなだけなんですよ?


 まあ、そうは言っても、憧れの異世界転生。興奮しないはずもなく、気分は小説の主人公ですよ。



 ……チートどこ行った? 鑑定は? アイテムボックスは? 素敵な婚約者は? 何もない……


 あるのは、夢の回廊という種族特性スキルとユニークスキル『運命の赤い糸』のみ。しょぼっ!?


 ユニークスキルといえば聞こえはいいけど、運命の相手以外の干渉をはねのける呪いのようなスキル。っていうか本当にいるんだよね? 運命の人。頼むよ?


 このスキルのせいで、他の子たちのように、エッチなお店で働けないんですよ。サキュバスなのに!?


 いや、別にそういうお店で働きたいわけじゃないからそれは構わないんだけど、他に取り柄がないサキュバスの私にとって、その選択肢が無いのはかなり大変。


 魔力の補給が定期的に必要なサキュバスにとって、エッチなお店は、賃金も良いし、魔力補給も出来るしで、一石二鳥の美味しい職場。


 私はその方法が取れないから、魔力の補給はポーションを買って飲むしかなかった。でも……ポーション高いんだよね。幸いこの国は、国民全員に住むところと、最低限の生活費が支給されるから生きてはいけるんだけど、やはり足りないから働く必要はある。


 カフェの従業員とかもやったんだけど、ナンパしてくるお客さんと、スキルのせいですぐにトラブルになっちゃうから、結局すぐに解雇されてしまう。接客系サービス業が9割以上のこの国では、私の働き口は実質ほとんどなかったんだ。


 


(……だから、感謝してますよ、マスター)


 この店のマスターは男なのに、男性にしか興味がないサキュバスだった。おかげで、身の危険を感じることもないからスキルも発動しないし、裏方として皿洗いの仕事をさせてもらって感謝している。


 ただ、美味しいと評判の店らしく、こんなに忙しいとは聞いてなかったけどね!



 実は最近、経済的にも余裕が出来て、小説を書いている。この世界の紙は高価なので、本は目が飛び出るほど高いけど、この国にやって来る観光客はお金持ちなので、結構売れるのだ。暇を持て余しているし、娯楽が少ない世界だからね。


 しかも、実はすでにベストセラー作家だったりする。向こうの世界の日常を書いているだけなんだけど、やはり異世界物はどこでも人気だよね。私にとっての現実世界が、この国では異世界ってなんか変な感じだけど。


 作家として出版できたのも、マスターの伝手のおかげだし、本当にマスターには足を向けて寝られないよ。今は休憩中だからノーカンで。



 そのうち、この異世界を旅行して回ってみたいけど、外の世界はとても危険で、戦闘スキルを持たない私には絶対無理そう。魔物とか怖いし、サキュバスってだけで、異性トラブルが絶えない未来しか見えないよ……あ、そもそも出国許可が出るわけないか。



「おい、ヨツバ、大変だ!」


 突然休憩室にマスターが飛び込んでくる。残念ですけど、ラッキースケベはないですよ? でも、ノックぐらいしてもいいんじゃないですか? マスターをにらむ。


「どうしたんですか? そんな血相を変えて」


 普段は飄々としてクールなマスターらしくないなと思いつつたずねる。


「……落ち着いて聞けよ。長らく空席だった少子化対策特命担当大臣の就任が発表された」


「そんな…………嘘でしょ……」



 曲りなりにも、ようやく軌道に乗ってきた異世界生活が音を立てて崩れていくような気がして、私は目の前が真っ暗になるのを感じた。   

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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