決戦 もうひとりの死神
記念すべき300話目は、キリハさんです。
生まれたてのひよこを持つように、優しくデスサイズを握る。
……駄目じゃん!? これじゃあすっぽ抜けるよ!?
『すまない主殿、拙者、我慢するゆえ、遠慮なく握りしめてくだされ』
良く言ったデスサイズ、それでこそ俺の相棒! 遠慮なくいかせてもらうぞ。
『くっ、くっはああああああ!? やっぱり無理無理無理~!?』
すまんなデスサイズ。すぐ終わらせるから耐えてくれよな。
『……アンタたち馬鹿でしょ?』
呆れた様子でジト目するキリハさん。
『むっ!? 誰かいるのか?』
(ヤバい!? さすが抜けがらとはいえ、元勇者。勘が鋭い)
『……いや、そんだけ騒いでいるんだから、むしろ気付かない方がおかしいでしょ!?』
くっ、死神のツッコミは、魂まで切り裂かれそうな切れ味だ……デスサイズを持つ手が震えるが、気力を振り絞って耐える。
『ぎゃああああああああ!?』
先手必勝、ゲスマルクの背後に転移して一刀両断にする。
いかなステータスでも、デスサイズの前では無力。お前はやり過ぎたんだよ。
よし、スケッチブックに吸収して、洗いざらい情報を吐いてもらうとしよう。ククク。
『……ねえ、これ私がついてきた意味ある?』
ちょっと不満げなキリハさん。
「でも、こいつのおかげで、キリハさんをお嫁さんに出来たんだから、大いに意味はありましたよ」
『ふえっ!? そそそ、そうかしら? なら仕方ないわね。それより……時間余っちゃったわね?』
急にモジモジし始めるキリハさん。わかってますよ。
「この王宮の邪神の因子ですけど、一番豪華な寝室が怪しいんですが、調査した方が良いですよね?」
『そうね……邪神の因子は、豪華な寝室を好むという研究報告もあったような、なかったような。とりあえず行くわよ!』
二人で邪神の因子の調査へ向かう。
『……ここが1番怪しいわね……』
そう言ってドアを開けて部屋に入ると、そこは国賓を迎えるためのゲストルームだった。
「気を付けて下さい、嫌な気配がするような、しないような」
『ふふっ、私を誰だと思っているのよ』
微塵も油断することなく、服を脱ぐ。
まずは、邪神の因子に侵食されていないか確かめないといけない。
『ハァハァ……大丈夫みたいね……』
キリハさんが、隅から隅まで丹念に調べてくれる。
とても危険で集中力が必要な作業だけに、死神といえども、じんわりと汗がにじみ、呼吸が荒くなる。
当然、検査を受ける俺の負担もかなりのもので、気を抜くことは出来ない。
「ありがとうございます、今度は俺がキリハさんの検査をしますね」
『ふぇっ!? そそそ、そうね……じゃあ……お願い』
キリハさんも服を脱いで、ベッドに横たわる。
慎ましやかな肢体が桜色に染まり、容赦無く俺の精神を削り取ってゆくが、止まる訳にはいかない。それほど、邪神の因子は危険なのだ。
『は、はあああ!? くっ、くはああああ!?』
キリハさんの綺麗な顔が歪むけれども、まだ油断は出来ない。
「キリハさん、中も確認しますね。ちょっと痛いかもしれませんが、あと少しですから」
『分かってるわよ、いつでもいいわ、来て!』
『ああああああ!? ね、ねぇ、居た? 邪神の因子……くはああああああ!?』
「くっ、大丈夫です、居ないみたいです……」
『ば、馬鹿……油断しちゃ駄目よ……もっとちゃんと調べなさい……あはあああああ!?』
さすがは邪神の分離体だ。確認作業が終わらないので、時空魔法を使わざるを得なかった。
『良かったわね。二人とも邪神の影響はなかったみたい』
「はい、王宮内に残っている因子も全て排除出来ましたし、これで一安心です」
喜びを分かち合い、抱き合う二人。
『ねぇ、駆』
え……キリハさんが、俺を名前で呼んだ?
「はい、何ですか、キリハさん」
『この間、手紙を届けたでしょ? その時のこと……知りたい?』
俺が元の世界の両親に書いた手紙だ。もちろん知りたいけど……
「でも、話すのは不味いんですよね?」
ルール上、キリハさんが話すのは禁じられていると聞いた。
『そうね。話すのは駄目だけど、勝手に記憶を覗かれるのは防ぎようがないわね』
悪戯っぽくウインクするキリハさん。
「ありがとうございます……本当に……ありがとうございます」
ありがたくて涙が零れる。記憶が見れるのはもちろんうれしいけど、その気持ちが、キリハさんの気持ちの方が、ずっとうれしいんですよ。
『ば、馬鹿ね、良いから早く覗いちゃいなさい』
照れ隠しに唇を重ねてくるキリハさんから、記憶が流れ込んでくる。
懐かしい我が家、表札。優しい母さん、自慢の父さん。何も変わっていない俺の部屋。俺のいない食卓。母さんたちの笑顔、泣き顔、そして大好物のナスの肉詰め。
同時にキリハさんの想いも――――
***
駆の頬を涙が伝う。良かった……上手く伝わってくれたみたいね。
でも、本当はそれだけじゃないのよ。これは私のわがまま。
大切な思い出が色あせるのが嫌だったから。私を娘にしたいって言ってくれたあの人たちを、いつか忘れてしまうのが嫌だったから。
だって駆なら、絶対に忘れないんでしょ? だからアンタに記憶を見せたのよ。私がいつでも見れるように。絶対離れたりしないんだから、覚悟してよね。
「キリハさん……ありがとうございます」
『もう……お礼ならさっき聞いたわよ』
「違います。俺の両親を好きになってくれてありがとうって言いたかったんですよ、キリハさん」
え……なんで? なんで私も泣いてるの?
『……駄目なの。もうあの人たちは私のことなんて憶えていないのよ? 憶えていないんだから……』
「キリハさん……」
駆が優しく抱きしめてくれる。温かくて安心する。良い匂いがするから大好きなのよ。
「大丈夫です。忘れていたって、絶対キリハさんのこと気に入るはずですから。それにね。俺の記憶能力は、両親譲りなんですよ」
ずるいわ……そんなに優しく笑いかけないで。好きになっちゃうから、もっともっと好きになっちゃうから。でも、ありがとう。アンタが言うと、そうなのかもしれないって思えるわ。不思議ね。
「でも、良いもの見せてもらいました。キリハさんが俺のベッドでくんかくんか――――」
『駄目ええええええ!! 忘れなさい、今すぐ。あれは違うのよ? うううううう』
前言撤回、大っ嫌いよ! 馬鹿……はあ……死にたいわ。
「それに、可愛かったな……キリハさんの制服姿……」
『ふえっ!? そ、そう? なら着替えてあげようか?』
「ま、マジですか!? ぜひ! お願いします。ありがとうございます」
な、なんかすごい食いつきなんだけど? ま、まあいいわ。これで恥ずかしい記憶を誤魔化せるなら。
***
『駆……いくらなんでもやりすぎよ? 足腰立たないんだけど?』
やり過ぎたかもしれないけど、制服姿の桐葉さんバージョン可愛すぎなんだから仕方なかったんですよ?