刃物取り扱い注意
時は少し遡る。
「……先輩、これなんかヤバくない?」
「ああ……これはヤバいな」
浮島の近くまで来た俺たちだったが、未だ入国していなかった。
浮島全体を守る結界に禍々しい気配を感じたのだ。元々ある結界に巧妙にコーティングしてあるので、普通は気付かない程度のものだが。
「どうしたの、カケル?」
「どうも様子がおかしい。アトランティアに何か起きているのかもしれない」
それに、この禍々しい気配には嫌ってほど覚えがある。油断は出来ない。ならば――――
『死神召喚』
『やっほー、可愛いキリハたんですよ!』
どうしたんだろう? 何時になくテンションがおかしい。頭でも打ったのだろうか?
『失礼ね!? 打ってないわよ。で、何かしら? も、もしかしてプロポーズとか?』
やはりおかしい。いや……元からの可能性もあるか?
『……なんでいじめるの? 泣くわよ?』
「すいませんキリハさん、あんまり可愛いのでつい……」
『それじゃあ仕方ないわね。で、用件は何かしら? 私も結構忙しいんだけど』
ジト目でにらむキリハさんが可愛い。思わず抱きしめてしまう。
『ふえっ!? お、お触り禁止だってば!? ……もう、やっぱりプロポーズ?』
「違います。この結界を見て欲しいんですが……」
『……は? 結界? んんん? あ……これヤバいやつじゃない。深海の使ってたやつ』
げっ!? やっぱりそうなのか……念のためキリハさんを呼んで良かった。
「なんでここにそんなヤバいやつが……何とかなりますか?」
『この程度なら何てことないわ。ちょっと、どいて……ほいっ!』
デスサイズを一閃して結界を切り裂くキリハさん。相変わらず早え……
「あ……禍々しい感じがしなくなりましたね」
『ふふん、当然よ。でも、気をつけなさい。本体は中にいるわよ』
げっ!? 何だよ本体って……ヤバくない?
「あの……キリハさん」
『なあに?』
にこにこしているキリハさんは死ぬほど可愛いんだよな。反則だよ。
「俺、勝てますかね。その本体とやらに」
『ふふっ、心配なら付いて行ってあげようか?』
おおっ、キリハさんが来てくれるなら心強い。
『んふふ……ただし、条件があるわ』
悪戯っぽく広角を上げる美しき死神。
「な、何でしょうか?」
『……私にプロポーズしなさい』
「……は?」
『だから、私を嫁にしなさいって言ってるの! なに? 嫌なの? 私、見た目通り一番人気なのよ、他の人に取られてもいいの?』
「……それは嫌ですね。俺、キリハさんのこと大好きですし」
『ふえっ!? そそそ、そう? だったら……ほら……早く……』
いやまあ俺の中では、もうそのつもりだったんだけど、いまいち伝わってなかったみたいだな。
『……ばっちり伝わったわよ……』
しまった、心を読まれた。
「キリハさん、俺のお嫁さんになってください。絶対に幸せにしますから」
『……うん。嘘ついたら許さないんだから……ありがとう』
抱きついてきたキリハさんの身体はやっぱり華奢で、それでもすごく頼もしくて。
「……おめでとうってミコトさんが言ってるよ」
『へ? うわあああああん。ありがとうございます! ミコト先輩!』
美琴の言葉に号泣するキリハさんと、温かい目で見守る婚約者たち。だが――――
「カケル……婚約者の実家の前でプロポーズとかいい度胸ね?」
やべええ!? リリスがお怒りだ。どうしよう。
「ふふっ、なんてね? 冗談よ。でも……後でたっぷり愛してね?」
クスクス笑いながら、俺の首筋を軽く噛むリリス。
強力な助っ人も加わったことだし、行くか、アトランティアへ!
***
入国口では屈強な衛兵たちが、厳重に出入りを監視している。
「おおっ、これはリリス殿下、お待ちしておりました」
100年以上振りの帰国にも関わらず、衛兵たちはすぐにリリスのことを認識してくれた。なぜなら――――
「……お勤めご苦労さま、デジレ、ジャン、ニコラ」
アンタたち、まだ衛兵やってたんだな!?
っていうか、他に衛兵いないの!?
でも、リリスに名を呼ばれた衛兵たちは、以前のように感激して顔を赤くすることもなく、ただ無表情に立っているだけだ。
「…………デスサイズ」
『御意』
衛兵たちを鑑定すると、マインドコントロール下にある。これは思ったより深刻な状態かもしれない。
美しい女侍が衛兵たちを一刀のもとに斬り捨てる。
『……安心するが良い、峰打ちでござる』
あの……どちら様? いや、知っているけどさ……
「ありがとうデスサイズ。お前って、こんな美少女だったんだな!」
艷やかな漆黒の黒髪をポニーテールで束ねた和風美少女。椿のような赤い瞳が恥ずかしそうに揺れている。
『ふぇっ!? そそそ、そんなことないでござるよ……えへへ』
おいおい……俺のデスサイズがこんなに可愛いなんて聞いてないぞ?
たまらずデスサイズを抱きしめる。相棒だから普通のコミニュケーションだ。
ザシュッッ!?
「痛えええぇっ!?」
『す、すまない主殿、拙者……色事に疎いゆえ……つい』
さすがデスサイズ。物理無効をものともせずに、俺の身体を切り裂いた。
「き、気にするな……ゴフッ……少しずつ……カハッ……慣れていけば良いんだ……ゴハァ!?」
『あ、主殿おおぉ!?』
ふぅ……死ぬかと思ったぜ。神水マジ感謝!
「先輩……刃物も嫁にするつもり!?」
『アンタ……馬鹿でしょ?』
呆れる美琴とキリハさん。
失礼な! デスサイズは刃物なんかじゃない、だってほら、こんなに柔らか――
ザシュッッ!
『あ、主殿おおぉ!?』
うん……やっぱり刃物だったよ……良い子のみんな、刃物を使う時は注意して、必ず大人と一緒にね!