羊のメイド メエ
(皆さま、朝からすごい食欲ですね……)
昨日から新しいお屋敷に教育係兼メイドとして派遣されてきた羊獣人のメエは、カケルや婚約者たちの食べっぷりに圧倒されていた。
ご主人様のお作りになる料理に比べたら、比較するのもおこがましいけれど、私も料理の腕には自信がある。メイドでなければ、料理人としてでもやっていけると自負している。
だから、美味しそうに食べる姿を見れば当然嬉しくないわけではないのだが、正直複雑な想いもある。
(ご主人様ってば、朝から激しいんですから……)
メイドたるもの、ご主人様の行動は当然把握している。そうでないと仕事にならないし、必要な準備も間に合わなくなるからだ。
だいぶ慣れてきたとはいえ、ワタノハラ家にやってきた頃の初心な私には、ご主人様の行動は刺激が強すぎた。まあ、私だけではなく、ほとんどのメイドたちがそうだったらしいけれど。
各国の王家付きレベルのメイドが集結した稀に見る超ハイレベルな選考会に合格し、夢のような生活が始まったのはいいのだけれど、現実は厳しかった。
料理の腕だけではなく、容姿にもかなりの自信を持っていた私だったが、各国の美姫が集結したワタノハラ家では、私はごく普通、良く言って平均的な存在でしかなかったのだ。
ましてや、数百人もいるメイドの中で目立とうとすれば、その難易度は半端ではない。クルルやクララのように珍しい蛸・烏賊獣人という特徴があるわけでもない私にとっては尚更である。
それでも、ご主人様は、私の名前を……ううん、屋敷全員の名前を完璧に覚えていらっしゃる。噂によれば一度見たもの、聞いたことは忘れない特殊な能力をお持ちなんだとか。はあ……素敵すぎますね。
別に特別なことではなくても、世界の英雄が私の名前を覚えていてくださっているという事実がたまらなく嬉しい。そしてそんなお方に、こうしてお仕え出来るだけで幸せだったのです。先日までは。
転機が訪れたのは、昨日。
ガーランドの王都ユグドラシルのご主人様の新しいお屋敷(これってすごいことなのに普通に受け入れてしまっている私は、大分ワタノハラ家になじんできたのでしょう)の新しい従業員を教育するためのメイドを派遣することになり、なんとそのメンバーには、もれなくご主人様からムフフなご褒美がいただけるという衝撃の展開に。
当然、そんなチャンスを逃すメイドは一人もおらず、全員が10名という狭き門を目指して熾烈な戦いを繰り広げた。
そして、私は運よく(やはり日頃の行いでしょうか?)選抜メンバーに選ばれたわけですが……
え? ご褒美はどうだったのかって?
むふふ、知りたいですよね? でも教えてあげません。まあ、一言でいうならば、あれはご褒美なんて生易しいものじゃあありませんでしたよ。むしろ猛毒? あんなの知ってしまったら、もう絶対離れられない呪いです。
後悔なんて微塵もありません。それより……頑張ったらまたご褒美がもらえるらしいので! 頑張って馬車馬のように働きますよ、羊ですけど! 忠犬のように尽くしますよ、羊ですけど!
「おはよう、メエ。今日の朝食も美味しかった。ありがとう」
ああ……尊い。ご主人様のお言葉が養分となって、私の心と身体に吸収されてゆくのがわかる。私のほうこそありがとうございます。そのお優しい眼差しだけでご飯3杯はいけますよ?
「あ、そうだ、メエ、ちょっとだけいいかな?」
もちろん大丈夫ですとも。ご主人様より優先すべきことなど、この世にはありませんから。ちょっとなんて言わずにこのまま永遠にお話ししていたいです。
「この屋敷のことなんだけど、メエ、君がメイド長をやってくれないかな?」
へ? 私がメイド長? メイド長といえば、ご主人様と優先的にイチャイチャできる(違います)という、あの伝説の?
「かしこまりました。このメエ。身命を賭してこの大役を引き受けたく」
ご主人様の気が変わらないうちに引き受けてしまいましょう。
「そ、そうか、ありがとう。本当はメエには執事をやって欲しかったんだけどな……」
ん? 私がなぜ執事? そういえば、初めてお会いした時にもそんなことをおっしゃっていたような。そうそう、実に惜しいって、意味不明なことを言われたんだっけ。
んふふ、とにかくメイド長となったからには、職務を全うしなければなりませんね。
「あの……それでは早速メイド長の職務を全うしたいのですが……」
ご主人様にピトッと抱き着いて、上目遣いでメイド長としての業務命令をおねだりする。
「うえっ!? そ、そうだな、色々説明しなければならないし、エルフたちの指導の方針も確認が必要だな。それじゃあメエ、寝室とお風呂どっちにする?」
なぜ打ち合わせに寝室と風呂なのか、なんてツッコミを入れるものはワタノハラ家にはいない。
「……両方でお願いします!」
だから私は元気よく、貪欲に両方取りに行く。
「ははっ、了解だメエ。ところで相談なんだが……」
ああ、その笑顔だけで死ねる・・・・・・って、ご主人様が私に相談? ふふふ、なんでも来いですよ、どんなハードワークもこなしてみせます。
「……モフらせてくれないか?」
「ふえっ!?」
あああああああああ!? 可愛い、お可愛いですご主人様あああああ!? どうぞどうぞ、わたくしめのモフなんかでよろしければいくらでも! っていうかお金払いますからモフって欲しいんですけど本気で!!
「あの……優しくしてくださいね?」
うわああああああ!? なに心にもないこと言っちゃってんの私!? 本当は激しくモフられたいくせに! しまったああああああ!?
後悔先に立たず。メエが内心絶叫する一方、カケルはメエをどうやって羊の執事にするか考えていたのであった。