優しいうそ
「いやあ、本当に助かったぞ。おまけに世界樹さまの危機も解決するとは、まさしく英雄の名に恥じぬ活躍だな」
すっかり忘れていたが、本来の目的であるブレイヴ義兄上を救出する。
「ブレイヴ義兄上、これからは家族になるのですから、カケルと呼んで下さい」
「そうだな……しかし、あのシルフィとサラを嫁にするとは……まったくとんでもない奴だな! ハハハッ!!」
「義兄上……シルフィとサラの前でそれは言わない方が……」
あれだけ優しいノーラッド義兄上でさえあの仕打ちなのだ。ブレイヴ義兄上なら大変なことになる。
「ははっ、分かっているさ、私もまだ死にたくない。せっかく世界樹の樹液を手に入れたのだからな!」
大切そうに樹液が入った容器を抱きしめる。
「さすが義兄上、足りなかったら俺に言ってください。すぐ用意しますよ?」
「そうかそうか、可愛い弟が出来て余は満足じゃ、ハハハッ」
なんかいいよな、こういうの。俺には男兄弟がいなかったから、すごく楽しい。
「ところで義兄上はなぜ樹液を?」
王太子という立場でありながら、危険を冒して単身高層へ挑んだのだ。きっと大切な目的があったのだろう。
「実は樹液を使いたい相手が居てな?」
そう言って、チラチラとリーリエを横目で見るブレイヴ義兄上。
くっ、またこのパターンか。正直嫌な予感しかしないが。
『実はな……リーリエの奴に以前から求婚しているのだが、全く脈無しでな。最後の手段として世界樹の樹液の効果に頼ろうかと……』
こっそり耳打ちしてくるブレイヴ義兄上。
ブレイヴ義兄上……それはさすがに人としてどうかと。そういうことなら、大分罪悪感が減りますよ。
「おーい、リーリエ。ちょっと話があるんだが」
「はい、ブレイヴ殿下、なんでしょうか?」
馳せ参じる騎士団長リーリエ。
「実は折り入って相談したいことがあるから、今夜俺の部屋に来てくれないか?」
さすがブレイヴ義兄上、下心を隠そうともしない真の勇者だ。
「……お断りします。私はすでに、身も心も公爵さまのものですので」
「……へ? リーリエ……もしかして、もう結婚していたのか?」
絶望に崩れ落ちるブレイヴ義兄上。
まあ3年も居なかったんだし、縁が無かったということで。
「くっ、いったいどこの公爵だ? 俺のリーリエを横取りしやがって」
「殿下の隣にいるお方ですが? それに……お言葉ですが、私は一度たりとも殿下のものになったことはございませんよ? 奥様方もお帰りを待っているのです、しっかりしてください!」
リーリエのど正論に何も言えなくなる義兄上。相手が俺だと分かって、不満の行き場が無くなってしまったようだ。
「む……可愛い弟が相手なら仕方がない……それに……お前の言うとおりだな。私はこの国を背負って立たなくてはならない立場。いつまでも引きずっていては民に影響が出よう。すでに3年も国を空けてしまったのだからな」
おお、さすがは王太子。やはり器が違う。俺にはとても真似できないと思う。素直に称賛したい。
「という訳で、そちらの黒髪のお嬢さん。私の妻にならないか?」
「……ごめん、無理」
冷たく突き放す美琴が格好良くて惚れ直しちゃうよ?
「……カケル、ガーランドの街並みと食べ物が恋しい。そろそろ帰ろう……」
「そうですね……晩餐会の準備がそろそろ整っている頃だと思いますよ。一緒に帰りましょう」
少しだけ淋しそうな背中に同情しそうになったが、聞けば100人以上奥さんがいるらしい。このリアルハーレム義兄上め。同情して損した。え? お前が言うなって? テヘペロ……可愛いくない? 本当にごめんなさい。
***
行きは3人だったが、帰りは廃エルフたちを加えて数千人の集団に膨れ上がっている。ルシア先生とシルヴィアとは一旦お別れする。ガーランドの人々を驚かせてしまうしな。
これでガーランドのエルフ人口も増えるし、万々歳だな。ふふふ。
「い、嫌あああ!? 魔力が吸われちゃう〜」
あちこちで世界樹の罠に引っかかる廃エルフの女性たち。
「せ、先輩、私、幸せ過ぎて怖い……」
「安心しろ美琴、俺もだ」
「ハァハァ……早く妻たちのところへ帰りたいぞ」
義兄上の目が血走っていて怖いんですけど!?
多大な犠牲を出しながらも、なんとか罠のエリアを全員突破する。
「よし、そろそろ転移で帰るか」
「そうだね、先輩!」
「……あの? なぜ最初から転移を使わなかったのですか?」
くっ、さすが騎士団長、気付いてしまったか……答えはそこに罠があるから。そこに罠があるから。大事なことだから2回言った。リーリエには言えないけど。
「……転移の距離制限があるからな」
「なるほど! 失礼申し上げました」
くっ、罪悪感で死にそうだ。
(ふふっ、さすがお兄様、息を吸うように自然で美しい嘘でした。ですが……よろしいのですか?)
ぐっ、ミヅハの言うとおり、やはり嘘は駄目だ。その場はしのげたように思えても、結局どこかで破綻する。
小さな嘘を守るために大きな嘘をつかなければならなくなるのだ。例えば、今後リーリエの前で転移を使えばすぐに嘘がバレてしまうように。
「……リーリエ、ちょっといいか?」
「はい、公爵さま、何なりと」
うっ、キラキラした瞳で見られるときついが、言わねばなるまい。
「転移に距離制限があるのは嘘だ」
「そうなのですか? なぜそんな嘘を……」
「せ、先輩……もう止めて!?」
「いや、良いんだ美琴…………」
本当のことを話そうとした俺の前に、ブレイヴ義兄上が割って入る。
「リーリエ、カケルがすぐに転移を使わなかったのは、廃エルフたちの身体を気遣ったんだ」
「殿下、どういうことですか?」
「雲の上にある高層に身体が順応している私を含めた廃エルフたちを、いきなり地上に連れて行ったらどうなるか……わかるな?」
急激に環境が変化すれば当然体への負担は計り知れない。もちろんその点は考慮したのだが、理由の9割以上は、罠にかかったエルフが見たかっただけだ。
「そ、それでは……公爵さまは、そんな初歩的なことに気付かず馬鹿な質問をした私に恥をかかせないように……」
「ふふっ、気付いたのならそれで良い」
優しく微笑むブレイヴ義兄上は、口を開こうとする俺を首を振って制止する。
ここで俺が自己満足のために本当のことを話せば、ブレイヴ義兄上のせっかくの好意を無駄にしてしまう。
ふっ、ここは義兄上に甘えさせていただきます。
誰も損をしない優しい嘘。ありがとう義兄上。