恵みの雨
「というわけで、ここからは飛んでゆくから」
あまり時間もないので、飛んで行くことに決定する。そもそもとして、階段を律儀に上る必要などなかったのだが、リーリエさんの活躍が見たかったのだから仕方ない。
「ちょ、ちょっと待って……ふえぅ!?」
慌てるリーリエさんと美琴を抱きかかえると、飛翔スキルで螺旋階段を上がってゆく。目視先へ連続単距離転移する方法もあるが、飛翔の方がいろいろと密着度が高いので、止む無くこちらを選択せざるを得なかった。
「す、すごいです……飛翔スキル初めてです……あ、指が食い込んで……くっ……」
リーリエさんの反応が新鮮でこそばゆい。そしてエロい。言っておくが変なところは触っていないからね!? なんか美琴は美琴でなんかハアハアしてるけど。
「先輩……なんか私も樹粉症の症状がでてきたみたい……」
え? マジで!? そういえばミヅハがエルフ以外にも効果があるって言ってたな……それだけ樹粉の量が増えてきたのだろう。
樹粉は、世界樹の天辺に広がる部分から降ってくるので、高層にいけばいくほど、必然的に樹粉の量は増えてゆく。
(くっ……世界樹の奴、いい仕事しやがる……)
「せ、先輩の指が食い込んで……はう……だ、駄目ええ!?」
美琴の反応が徐々にエスカレートしてきてエロい。言っておくが、変な場所は……触っている。婚約者だから良いよね?
***
ようやく階段が終わり、新しい階層へと到着した。
周囲は深い緑の森が広がっていて、ぽっかり空いた入口が俺たちを誘っているように見えて不気味に感じる。
「ここからが高層エリアです。私はここまでは来たことがありませんので、ここから先は未知の場所となります」
「わかった。十分注意しながら進もう。歩けますか? リーリエさん」
「へ? 飛んでいかないのですか? あ……いえ、大丈夫です。歩けます」
一瞬残念そうな顔をしたリーリエさんだったが、すぐに前を向いて歩きだす。
「美琴も歩けるか?」
「うん……大丈夫……じゃないから抱っこして先輩!」
ゴロゴロ甘える美琴が可愛すぎて辛い。もちろん抱っこしますとも。隣でリーリエさんがジト目で見てるけどね!?
「くっ、しまった……足を挫いてしまったようです……」
ゴロゴロと足を押さえて地面を転がるリーリエさんが可愛すぎて辛い。抱っこですね、わかりました。
とはいえ、実際森の中といっても魔物が住んでいるわけでもないから、まったく危険は感じない。もっとも仮に魔物がいたとしても危険かといわれればノーだけどな。
しばらく森の中を進んでいると、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
「世界樹の中なのに何で雨が?」
「本当だね。でもこの雨、なんか気持ちがいいね先輩」
言われてみれば、この雨なんだか肌に当たると気持ちがいい……ってなんだこれは!?
美琴もリーリエさんもまだ気付いていないようだが、雨が当たった部分が透けて見えるのだ。
(……世界樹よあなたは神だったのですね?)
雨は次第に強くなり、スコールのように激しく降り注ぐ。
「へ? な、何これ!? い、いやあ……鎧が透けて……」
「うはあ!? リーリエたんのすけすけキターって私も透けてる!?」
喜んでいた美琴だが、自分もすけすけになっているのに気付いて慌てて大事な部分を隠す。くっ、さすがは勇者と騎士団長……反応が早い。だが、隠した方がよりエロいというのが罠だ。恐るべし世界樹。
「ほら、二人ともこれを着ろ」
美琴とリーリエさんにマントを渡す。これならば世界樹の雨に濡れても透ける心配はない。
「あ、ありがとうございます。公爵さま」
「助かったよ先輩!」
嬉しそうにマントを羽織る二人。え? 俺らしくないって? ふふっ、二人のすけすけは、すでに瞬間記憶フォルダに収納済みだからな。ここは好感度ポイントを稼ぐ時。
だが、それで終わる俺ではない。
(お兄様……そのマント、私が作ったものですね?)
(さすがミヅハ。俺の真の狙いに気付いていたか……)
(もちろんです。でも……ふふっ、さすがお兄様……まさに欲望の鬼ですね)
そう、水布製のマントは、雨では透けないけれど、魔力を目に集めれば……ほらね?
くっ、どうやら俺も樹粉症の影響が深刻なようだ……え? いつも通り? ソウデスネ。
世界樹の罠は雨だけではなかった。
俺の視線は自然と美琴とリーリエさんに誘導され、周囲への注意が散漫になる。各種耐性を極めている俺をこれだけ操るとは恐るべし世界樹。え? 俺のせい? ソウデスネ。
「なんか……甘い香りがしてきたんだけど……」
美琴の言う通り、ほのかに甘い香りが漂ってくる。
「そうだな……ってリーリエさん!?」
「…………」
ぼーっとした様子でリーリエさんがよたよたと走り出す。まるで甘い香りに吸い寄せられる昆虫のように。
進めば進むほど甘い香りは強くなり、森を抜けたところでピークに達する。
「こ、これは……マズい」
リーリエさんを捕まえ抱き上げる。明らかに正気を失っているのがわかる。
「うひゃあ!? 温泉だよ先輩……」
美琴の言う通り、そこにあったのは大きな温泉。しかも――――
「なんか……満員だな……」
「うん……ちょっと怖いね」
温泉には老若男女、たくさんのエルフたちがすし詰め状態で温泉に浸かっていた。ただし、みな正気ではないようだが。
しかも、温泉はここ一か所ではなかった。よく見れば、あちこちに大小の温泉が点在しており、たくさんのエルフたちが温泉に出入りしているのがわかる。
「まさか……これが伝説の廃エルフの実態なのか?」
世界樹に魅了され、この温泉郷で飼い殺しのような生活を続けているのだとしたら、これは放置できない。自分の意思で留まっているのなら構わないが、リーリエさんの様子を見る限り、どうやらそうではなさそうだからな。
「先輩!? 何か来るよ……」
「ああ、どうやら向こうから来てくれたようだ。手間が省けたよ」
俺たちの目の前の空間が歪んで、ひとりの少女が姿を現す。
その神々しい姿には見覚えがある……っていうかイリゼ様!? いや違う。髪色も緑だし、暗緑色の瞳も違う。造形はよく似てるけれど。
『人間よ……今すぐそのエルフを置いて去れ……』
脳に直接響いてくるような声で、少女は俺たちに語り掛けてくるのだった。