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星の瞳のクラウディア


「今宵は星が綺麗ですよ、カケルさま」 


 夜の寝室にドアを開けて入ってきたのはクラウディア。以前贈った夜空のドレス姿でふわりと隣に腰を下ろす。


「そのドレス、良く似合ってるぞ」

「ふふっ、そうですか?」


 クラウディアは嬉しそうに微笑んで、ジッと夜空色の瞳で俺の顔を覗き込む。


「ねえカケルさま、ちょっと星でも眺めませんか? 毎日忙しくて空を眺める暇も無かったんでしょう?」

「そうだな……ちょうど俺もそんな気分だったんだ。よしっ、行こうか」


 たしかにクラウディアの言うとおり、忙しすぎて余裕が無くなっていたかもしれないな。最近は、ぼんやり考え事をする時間さえなかった。




 屋敷の屋上に移動すると、思わず息を呑む天体のパノラマが出迎えてくれる。星に手が届きそうな、俺とクラウディアだけの特等席だ。


「……この世界の星空は本当に綺麗だな……」

「この世界のって……カケルさまの世界の星空は違うんですか?」


 クラウディアが不思議そうに首を傾げる。


「そうだな、地上が明る過ぎて、山奥にでも行かないと星があまり見えないんだ」

「へえ……でも、逆に夜でも明るいなんて凄いんですね!」


 たしかにこの世界だと、都市部でも夜は真っ暗になるからな。


「知ってるか? 俺のいた世界も、この世界も、夜空は全く同じなんだ。見える月や星の配置も。だから……夜空を見ると異世界にいることを忘れてしまうんだ」


 それでかな……綺麗だけど以前は少しだけ空を眺めるのが辛かった。


「カケルさま……やはり元の世界に戻りたいですか?」


 肩にもたれかかりながら、俺を労るように、少しだけ心配そうに尋ねてくる。


「そうだな。家族や友人もいるからな。もちろん帰れるものなら帰りたいし、両親にももう一度会いたい。でも……俺はもうこの世界の人間だ。たとえ帰れるようになったとしても、必ずまた戻って来るよ。クラウディアがいるこの世界へ」


「カケルさま……」


 クラウディアの潤んだ瞳は吸い込まれそうなほど濃紺で、まるで夜空の星を全部集めて散りばめたように輝いている。


「クラウディア……」


 星明りの下で唇を重ねる。柔らかい感触と、熱い吐息にドキドキが止まらない。初めてキスする訳じゃないんだけどな。


 思えば、クラウディアと過ごす時はいつも満天の星空だ。可哀想な星たちは、いつも彼女の引き立て役にしかならないのだけれど。



「そういえば、この世界にも星座ってあるのか?」

「もちろん、ありますよ。たとえば、あれは大サソリ座です」

「へえ、こっちでもサソリなんだな! 面白い」


 クラウディアはとても博識で、この世界の星座を色々教えてくれる。魔物の名前がついた星座が多いのがいかにもこの世界らしいなと、変なところで感心してしまう。


 好奇心旺盛な彼女と話すのはとても楽しい。あっという間に時間が過ぎてゆく。


「ねえカケルさま? もし私に価格をつけるならおいくらかしら?」


 なかなか意地悪な質問だな。クラウディアも本気ではないのだろう。悪戯っぽく微笑んでいる。


「そうだな……逆にクラウディアなら、あの月にいくらの値を付ける?」

「え? そんなの無理よ、月に価格なんて付けられないわ……」


「じゃあ、クラウディアにも価格なんて付けられっこないさ。俺にとっての君は、月や太陽より、この夜空の星全部より大事なんだから」

「カケルさま……それ本気で言ってます?」


 真っ赤な顔でジト目するクラウディア。


「本気も本気だよ。俺にとってクラウディアはこの世界より大切なんだぜ?」


 ちょっと恥かしいけど、ほかの女性にも言ったような気もするけど、この想いは本当だ。少しでもクラウディアに伝わって欲しいから、真剣に真っ直ぐに見つめる。瞳は決して逸らさない。


「……もう、カケルさまってば大袈裟なんだから。月や太陽と違って、私は手が届くんですから……」


 もちろん触れるのは貴方だけですけれどね? と照れ隠しで笑うクラウディア。


「それは良かった。だったら俺は世界一の幸せ者だな」

「ふふっ、違いますよ。世界一は私です」



 月と星だけが俺たちをそっと見守っている。騒音もない異世界の夜は本当に静かなんだ。


 聞こえるのは彼女の声と息遣い、そしてかすかな衣擦れの音。感じられるのは、高鳴る鼓動と優しい温もり。彼女の熱いまなざし。こんなに穏やかな夜を過ごしたのは久しぶりだな。クラウディアに感謝しないと。


 愛おしさがあふれて止まらない。そっとクラウディアを抱き寄せる。


「駄目ですよ……カケルさま」


 キスしようとしたら、唇に指を当てて止められた。


「……続きは……部屋で……ね? きゃあ!?」


 速攻クラウディアをお姫様抱っこすると、転移で部屋へ戻る。


「もう……そんなに焦らなくたって、夜は……これからなんですよ?」


 そういって今度はクラウディアから唇を重ねてくる。


 たしかに夜はこれからだ。彼女の体温を感じながら部屋の明かりを落とす。



***



「……おやすみ、クラウディア」


 すやすや幸せそうに寝息を立てる彼女の髪を手ぐしでかき分け、おでこにそっとキスをする。


 そういえば……前にクラウディアと話したことがあったっけ。お金で買えないものはない……とかね。


 でも、この時間も、この夜の記憶も、この温もりも、この愛おしさだって、結局何一つ買えやしない。大事なものは全部そうかもしれないけれど。


 お金で買えないものは愛……って言いたいけれど、やっぱり止めておこうかな。


 言葉にするとやっぱり安っぽくなってしまうから。彼女の魅力を損なってしまうような気がするから。



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i566029
(作/秋の桜子さま)
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