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食べたくなるほど君が好き


 かつてトラシルヴァニアを建国した伝説の女王が、ゆっくりとその燃えるような赤い双眼を開いた。


「…………」


 エヴァンジェリンは、その赤い瞳を少し驚いたように見開くと、ジッと黙って俺を見つめてくる。


「エヴァンジェリン……気分はどうだ? 痛いところや違和感は無いか?」


 気の遠くなるような年月を経て元の姿を取り戻したのだ。記憶や、もしかしたら話し方さえ、失われている可能性もある。


「君は……誰? ここは……どこ?」


 良かった……ちゃんと話せるみたいだな。


「俺は異世界人のカケル。ここはトラシルヴァニアの王城の地下。貴女が封印されていた場所だ」


 異世界人と聞いた瞬間にビクッと激しく反応するエヴァンジェリン。


 深海のことが深い傷になっているかもしれないのに少し迂闊だったかもしれないが、避けては通れないことだ。


「そう……君も異世界人なんだね……封印された後の記憶は無いんだ。助けて……くれたんだよね? ありがとう」


 エヴァンジェリンは、困ったような悲しいような、そんな表情を浮かべながら、それでも少しだけ、かろうじて俺だけが分かるぐらい微笑んでくれた。



***



 その後、エヴァンジェリンが封印された後のことや、深海幻のことを彼女に話してゆく。


「……そうか。結局、私は幻を変えられなかった。とめられなかったんだね……」


 エヴァンジェリンの瞳から涙が零れ落ちる。

 

「エヴァンジェリン……」


「幻は自分以外に興味を持たない人だった。だから私に興味を持ってくれた時は嬉しかったんだ。もしかしたらって……でも結局、幻が興味を持ったのは、実験体としての私だったんだね……」


 かける言葉など見つからない。ただエヴァンジェリンを抱きしめて温もりを伝えたかった。


「悔しいな……私がもっと魅力的だったら変えられたのかな? 吸血鬼なんかじゃなければ、女性として愛してくれたのかな?」


「そんなことない。エヴァンジェリンは魅力的過ぎて困るぐらいだし、少なくとも俺は吸血鬼が大好きだぞ? 深海の野郎、絶望的に見る目がなかったんじゃないのか?」


「ふふっ……君は不思議な人だね……でもありがとう。お世辞でも嬉しいよ」


 この人は深海のせいで、自己評価が低すぎるんだな。


「お世辞なんかじゃない。ほら、エヴァンジェリンを見ているだけでこんなに胸がドキドキしているんだ」


 エヴァンジェリンの手を取って俺の心臓に当てる。


「……単に全裸の初代様に興奮しているだけでは?」


 ジト目でツッコむエヴァさん。それな。


「しーっ、エヴァ、いま大事なところだから……」

 

 ブラッドが慌ててエヴァを制止する。


「分かってます! でも自分の名前を呼ばれているみたいで複雑なの!」



「私が魅力的? 本当に?」

「ああ、本当に本当だ」

「本当の本当の本当?」


「……ああ、食べたくなるほどな……かぷっ」


 エヴァンジェリンの首筋を甘噛みする。


「ふーん、本当に変わった人だね君は……おかしいな? 君の血を吸いたくなってきちゃった」


 本来吸血の儀を済ませたエヴァンジェリンが、深海以外の存在に吸血欲求を覚えることは無いのだが、カケルの保護が祝福を上書きしたため、いまのエヴァンジェリンの吸血欲求はカケルに向けられている。


「良いぞ、思う存分吸えばいい」


「んふふ、ありがとう。じゃ、遠慮なく……かぷっ」


 俺もエヴァンジェリンの首筋から吸血を始める。


「ふわっ!? 何これ美味しい……何て濃い魔力の味……あっ、駄目!? そんなに吸わないで……ああ……気持ちいい……あああ駄目えええぇっ!?」


 息も絶え絶えになっているエヴァンジェリンは、全身から発汗して磁器のような真っ白い肌がピンク色に染まっている。


「気持ち良かったか?」


 エヴァンジェリンの汗を拭いながら最低な事を尋ねてしまう。すいません。


「き、気持ち良かったでしゅ……」


 目をトロンとさせて抱き着いてくるエヴァンジェリン。うん、毎度のセリフだが、ちょっとやり過ぎたかもしれない。


 あんまり可愛いので、勢いでキスをしてしまう。


「んむむむ〜!? ……はぁ……君のこと好きになっちゃったよ……初めてのキスの相手が君で良かった……」


「へ? 初めてってどういう……?」


 聞けば、深海はエヴァンジェリンに一切手を出さなかったらしい。


 驚いたことに手を繋いだことも、抱きしめられたことも無かったのだ。こんな可愛い吸血鬼に手を出さないとか……馬鹿なの? 深海なの? ああ邪神だったね。


 トラシルヴァニア王家は、エヴァンジェリンの兄弟の子どもたちが後を継いだのだとか。


 

 深海幻……お前はひとつだけ良いことをしたよ。好感度は1ミリも上がらないけどな。



「……ダーリン、そろそろ初代様に服を差し上げた方がよろしくってよ?」


 エヴァの声が心なしか冷たいような? そうか、ヤキモチか……ふふっ可愛い奴め。


「エヴァ、おいで」

「な、ちょっと待って……うにゃん!?」


「へえー、その子もエヴァンジェリンって言うんだ? 私の可愛い子孫だね」

「ち、ちょっと初代様まで……うにゃ〜!?」



「婿殿……申し訳ないが、いちゃつくのは別の場所で頼む」


 ……ソウデスネ。何か異世界来てから周りが見えない病になっているみたいで。ごめんなさい。


 とりあえず初代エヴァンジェリンには、特製のメイド服を着てもらった。


 ブラッド陛下が、なぜ初代様にメイド服!? とすごいジト目をしてきたけど、これしか無いんだから仕方がないのだ。


 まあ、陛下も今更初代様の存在を明らかにすることは出来ないし、エヴァンジェリンもそのつもりみたいだから、納得はしてくれたけどね。



 ともあれ、こうしてトラシルヴァニア王家を苦しめ続けてきた秘密は無くなり、エヴァンジェリンも無事開放されたのだった。

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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