晩餐会が始まる前に
「綺麗だよ。ノスタルジア、ミヤビ」
ふふふ、俺が本気で仕上げた最上級のドレスを身にまとい、進化したことで美しさに磨きがかかった2人はもはや神がかっている。
メイドたちも呼吸をするのも忘れて見惚れてしまっている有様だ。
「ふふっ、ナイトさまも負けておりませんわ。格好良すぎて困ります」
「カケル殿こそ、少し手加減しないと他の殿方が可哀想ですよ」
ふたりとも嬉しいことを言ってくれるが、たしかにメイドたちからの熱い視線が尋常ではない。そんなつもりはないが、誘ったら間違いなく断られないだろう。そんなつもりはないが。
もともとモテ具合がヤバかったが、亜神となったことで、ますます手がつけられなくなっているような気がするのは気のせいだろうか?
というわけで、晩餐会にはいわゆるベネチアンマスク、あの仮面舞踏会でつける目元を隠す奴を付けて参加することにしたのだが……
「ナイトさま、駄目です。マスクがかえってミステリアスな魅力を増幅しています」
ということで却下。じゃあ、ずっと難しい顔をしていようかと思ったが……
「カケル殿、駄目です。そんな渋い顔をされたら、見ただけで女性たちが落ちてしまいます」
結局普段通りが一番という結論になった。参加しないのが一番じゃないかと言ったら――――
「「それは駄目です!!」」
だってさ。とほほ。
でも、せっかくなら参加するだけじゃつまらない。甘味文化を広げるために、デザートを提供しようじゃないか。
王宮の厨房を借りて、天才魔人シェフとアランと一緒にデザートを作る。
王家の料理人たちも興味津々で集まってくる。
教えてあげてもいいんだけど、プロの料理人ならきっと独力で学んでくれるだろう。
完成品はここにあるんだから。
***
一方で国王レイは悩んでいた。
カケルの功績は間違いなく歴史的なレベルであり、公爵位を与えた程度ではまったく足りない。
そもそも、ノスタルジア、ミヤビと結婚した時点で、公爵となるのだから、爵位に関しては報酬でもなんでもないのだ。
「ベルゼ……どうしたものかな?」
右腕でもある宰相ベルゼに相談するレイ。
「幸い人身売買組織との関係が判明して廃嫡された貴族家が複数ありますので、領地に関しては、未開拓の地域も含めてまとめた形で与えるべきでしょう。領地の配置転換などの調整は必要になりますが」
「うむ、領地に関してはそれでいいだろう。問題は……」
「……後継者問題ですな陛下」
国王レイには現在、実子が長女のノスタルジアしかいない。
ノスタルジアの母の王妃が若くして亡くなる前から、レイ自身も体調を崩しており、側室もいない状態だ。
「陛下はまだお若いのですから、これから後継ぎが生まれるかもしれませんし、カケル殿ではなくともノスタルジア殿下が女王として即位しても良いのですから、結論を急ぐ必要はないかと。それよりカケル殿に関して、私に考えがあるのですが――――」
宰相ベルゼの提案に、面白そうに頷く国王レイ。
「それは面白いかもしれんな。歴史上例が無いわけでもない。今度の国際会談までにすすめてみてくれ」
「は、かしこまりました」
ようやく考えがまとまったとほっとしたのも束の間、
「陛下、大変です。カケル殿が海賊団に偽装したキャメロニアの兵士三千人以上捕えてまいりました」
思いもよらない事態に大騒ぎになる王宮。
これから晩餐会だというのに、大変なことになったと頭を抱えるベルゼとレイ。
だが――――
「陛下、大変です!!」
「今度はなんだ?」
「カケル殿が、伝説の魔物リヴァイアサンを討伐したとの報告が入りました」
「「…………」」
「なあ、ベルゼ。先ほどの件、積極的に進めてくれ。もはや手に負えん」
「……承知いたしました。なるべく早く進めます」
***
「私は昔の私を殴ってやりたいわ!」
王宮のメイドたちは、血の涙を流していた。
以前、ワタノハラ家のメイド募集があった時、王宮のメイドたちの間でも判断が分かれたのだ。
当時はカケルの情報が王都でも少なかったため、安定した王宮勤めを辞めてまで、遠くプリメーラまで行く事を躊躇うのはもっともな判断だったと言える。
だが、今となっては、リスクを背負った同僚が勝ち組確定の状況。残ることを選んだ者たちにとっては後悔しかない。
「誰よ、カケル様が恐ろしい悪魔みたいだってデマ流したヤツは? めちゃくちゃ優しそうで格好良いじゃないの!!」
「はぁ……あの漆黒の瞳で見つめられたら……キャー!!」
「噂では料理の腕も超一流だとか?」
「あ、それは本当みたい。晩餐会のデザート、カケル様が作ってるらしいわ」
「何それ食べてみたい……」
「あああ、私もカケル様のメイドになりたいわ!」
「ふふっ、私はチャンスがあるかも知れないわ」
「え? どういうことよ?」
「確かな筋からの情報なんだけど……カケル様って獣人が大好きらしいの」
「「「「獣人の勝利キター!!!」」」」
浮かれる獣人メイドたち。
「でも、貴女は駄目ね」
「は? 何でよ?」
「カケル様がお好きなのはモフモフよ。トカゲの獣人には無理かしら」
「ぐはぁ!?」
血反吐を吐いて倒れるトカゲ、カエル、ヘビの獣人メイドたち。
「何でも、毎晩情熱的に全身をモフられるらしいから、覚悟は必要だけどね!」
「「「「情熱的な全身モフ……」」」」
想像して頬を染める獣人メイドたち。
「決めたわ! 次募集があったら絶対に応募する」
「ふふっ、晩餐会でさり気なくモフモフアピールするわ」
「……貴女たち……いつまでサボるつもりかしら?」
「「「「「ゲッ、メイド長!?」」」」」
「あ〜あ、せっかくカケル様から差し入れのデザートいただいたのだけれど……」
「「「「「申し訳ございませんでした!!!」」」」」
カケルの差し入れによって、メイドたちの評価が爆上がりしたのは言うまでもない。