英雄の生き様
(ナディアとフローネは無事東の国に辿り着いたかしら……)
シードラゴンに呑み込まれてどのくらい経ったのでしょうか。
幸い、身に着けていた魔物除けの首飾りのおかげで噛み砕かれずに丸呑みされて今のところ無事ですが、光も無く食べるものすら無いこの場所でゆっくり消化されるのであれば、一思いに噛み殺された方が良かったのではと考えてしまいます。
今はまだ、魔力の膜で消化を免れていますが、いずれ魔力も尽きます。
何とかして、ここから脱出しなければ……
(……まだ効果が出ないのでしょうか?)
私の『毒生成』スキルで作り出した1番強力な毒を吸収させ続けているというのに、いまだ効果が現れてきません。
やはりこれだけの巨体。そう簡単にはいかないようですね。
…………ようやく毒の効果が出てきましたが、ちょっと遅かったようです……もう魔力も尽き、身体も動きません……王女さま……いえ、シェーラ……私の可愛い妹……助けてあげたかった……ごめんなさい……
『グルルルァァアアア!?』
「……大丈夫ですか?」
耳触りの良い優しい声に目を開くと、私の顔を覗き込む殿方と目が合いました。
見たこともない髪色と瞳。
夜の空よりもなお暗く、深海のよりも深い吸い込まれそうな色。私の国には存在しない色。
ああ……私はその色の名を知っている。
遥か昔のまた昔。エメロードラグーンにやってきた英雄の色。
すべてを塗りつぶし、何色にも染まらない。
異世界からやってきた圧倒的な強さの色。
たしか……『黒』というのでしたね。
「ありがとうございます、黒目黒髪の英雄さま……助けて頂いたのですね」
「あ〜、はい、たまたまシードラゴンを倒したら、中に貴女が――――」
「……キトラです」
「キトラさんが――――」
「……キトラです」
「……キトラがいたんだ」
どうしましょう……キトラと呼ばれるたびに全身が喜びで震えてしまう。
「キトラ、俺の名はカケル。異世界人だ」
近い……近いですカケルさま。はっ!? そういえば……ふぇっ!? 私、カケルさまに抱きかかえられているのですね。ああ……心地良い……安心してしまう。本能が理解するのでしょう、ここが世界で一番安全な場所なのだと。
「……ところでカケルさま? そんなに気になりますか、私の胸の貝殻?」
「へ? あ、いや、その……気になると言えばまあ……はい」
ふふっ、そんなに慌ててお可愛い方。
「よろしければ外してみて下さい、カケルさま」
「えええぇっ!? い、良いのか?」
はぁ……そんな少年のようなキラキラした瞳で見つめられたら断われません。
「はい……優しくしてくださいね?」
「あ、あの……そんなに凝視されると恥ずかしいのですが……」
「ふぇっ!? ご、ごめん!?」
慌てて貝殻を戻すカケルさま。ふふっ……本当にお可愛い方。
「……貝殻の下は夫以外には見せないのがしきたりなのです……これはお嫁さんになって恩返しするしかないですね……」
「へ? あ、はい」
ごめんなさいカケルさま。私には毒があるのですよ? きっと中毒にさせてみせますから。
***
「俺はカケル。みなさんを助けに来ました」
黒目黒髪の青年が発した言葉の意味を把握しきれずに一同ポカーンとしていたが、さすがに護衛騎士たちが我に返る。
「た、助けに来ただと? お前は何者だ?」
「俺は異世界人のカケル。アルカリーゼの公爵でもある」
「公爵閣下? そんな話聞いて……あ、貴方が噂の英雄さま?」
カケルが黒目黒髪であることに気付くと慌てて平伏する騎士たち。
「ははっ、まあ公爵になったの今日だからな。ところでイサナの父親はいるか?」
「お、おう、俺が父親のイサキだが……」
イサナと同じ太陽みたいな髪を短く刈り揃えた厳つい海の男が前に出る。
「良かった。イサナと一緒にここまで来たんだ。無事でほっとしたよ」
「な!? イサナがここに来ているのか? いくらなんでも危険じゃないか!」
親父さんが怒るのもわかる。たしかにここは危険だった。
「大丈夫だ。イサナは安全な上空にいるし、ここの海賊どもはもう倒したから」
まあ海賊と言っても、ただの海賊じゃなかったけどな……
「は? 倒したって? 数千人はいたはずだぞ……」
「イサキ……諦めろ。カケル閣下は規格外の英雄様だ。考えるだけ無駄だ……」
騎士たちに肩をたたかれて渋々納得するイサキ。
「それから……ナディア!」
「ふえっ!? ひゃ、ひゃい!」
急に名前を呼ばれて慌てるナディア。
「キトラもここに来ているぞ、あと、フローネも無事だ。俺の仲間たちが保護している」
「……へ? キトラさまが? フローネも無事? そう……良かった……」
気が抜けて崩れ落ちるナディアをカケルが抱き抱えた。もちろんお姫様抱っこだ。
「ふふっ……これが英雄なのですね……全てを救ってくださる伝説のお方。王女さま……見つけましたよ」
代表団は没収された装備品を集めて出航の準備をしている。
「……ところでカケルさま? そんなに気になりますか、私の胸の貝殻?」
来たな……半魚人族の罠が……ククッ、だが分かっていればどうということも無い。
だが、くっ、これはこれで……なぜ前半分だけ普通の人間と同じなんだ。後ろ半分だったら耐えられたかもしれないのに……ありがとうございます。
駄目だ目が離せない。貝殻があればその下になにが隠れているのか知りたくなるのが男心というもの。これが伝説の半魚人族の魅了だというのか!?
仕方がない、罠と分かっていてもあえて踏み込む。内側から罠ごと喰い破るのが俺の、英雄としての生き様だ。覚悟するんだな、ナディア!
「ああ、気になるな! とても、いやすごく……」
「ふふっ……我慢しなくていいんですよ? さあ……どうぞ」