21 オークとの激闘 後篇
オークの集落が見下ろせる場所で身を潜める。
オークは、森の木々を上手く利用して集落を隠し、地下に規模を広げていく。
非常に発見するのが難しく、気付いた時には、すでに手遅れなほど、集落が大きくなっているケースも多い。
今回発見した集落は、まだ造られはじめたばかりのようで、ほとんどのオークが地上にいる状態だ。
さすがに声までは聞こえないが、全体的に浮かれているのは見て取れる。
おそらく、攫ってきた女性たちを早く味わいたくてうずうずしているのだろう。この様子だと、戻らない分隊があることに気づくまで、まだ多少の時間はありそうだ。
集落に潜入しているハルクたちから念話で連絡が入る。声に出す必要がないからとても便利だ。
『主、集められている女の人数だが、ここには50人ほどいるな』
(50人か……思ったより多いな)
女性は、穴倉の一つにまとめて閉じ込めてられていた。集落の地下が完成したら移すつもりなのだろう。
仮に、今助けても、多勢に無勢じゃ守りきれない。仕方がない、地道に敵の数を減らすしかないか。
ハルクたちには集落内部で暗殺を続けてもらい、俺たちは集落の入り口近くで、戻ってきた部隊を潰していく。日が落ちる頃には、オークの総数が200を切るところまで減らすことに成功する。
集落内部が、騒がしくなってきた。どうやら、暗殺した死体が見つかったらしい。気付かれずに数を減らすのも、そろそろ限界だな。
一旦全員を集めて、レベル更新のため召喚し直す。ハイオーク5体、オーク1体、角ウサギ1体の計7体。レベルは50まで上がっているので、少数だが、精鋭だ。
あとは、オークジェネラルという、化け物を相手に、どうやって数的に有利な状況をつくるかだが……
幸い、敵には、こちらの手札は知られていない。シュタルクたちに敵を発見したという虚偽の報告をさせて森の中へおびき出し、全員でぼこる。それを何度も繰り返した。残り170体
再度召喚し直し、全員レベル53となる。
『主、オークジェネラルが動いたうさ』
「来たか! 思ったより早かったな。もう少し削りたかったが、仕方ない」
召喚獣たちを集めて指示を出す。
「オークジェネラルは俺が相手をする。お前たちは、他のオークを倒して、レベル上げに協力してくれ。そうすれば時間が経つほど、俺は強くなれる」
もちろん、理論上はそうだが、相手が時間を稼がせてくれるかわからないし、勝てそうになければ、悪いけど召喚獣で足止めして逃げるつもりだ。
だが、様子がおかしい。オークたちは別の方向に動き出している。
激しい爆発音がして、オークが吹き飛ぶ。
(魔法? 誰かが戦っているのか?)
爆発があった場所へ急ぐ。シュタルクたちは、念の為別の場所でオークを狩らせに向かわせた。
相手が何者かわからないが、敵と勘違いされたら面倒だ。
凄まじい魔力の奔流に混じって、かすかに歌のような音色が聞こえてくる。
『精霊語を記憶しました』
『精霊魔法(風)を記憶しました』
遠くで戦っているのが精霊魔法使いなのだろう。
オークが悲鳴を上げる間もなく輪切りになって絶命していく。
(すごいな……これが精霊魔法か)
しかし、次の瞬間、大地が震えるような咆哮とプレッシャーが襲ってくる。
『威圧を記憶しました』
【威圧】 任意の相手の動きを鈍くする。自分のレベル以下の敵の動きを一時的に封じる
『統率を記憶しました』
【統率】 配下の能力を50%上昇させる。
途端に精霊使いの動きが鈍くなり、逆にオークたちの動きが良くなっていく。
それでも、精霊使いは魔法でオークを倒し続けるが、オークジェネラルが巨大な岩を投げつける。
(くそっ、間に合わない……)
精霊魔法使いに加勢すべく飛び込んでいった。
***
(やっと追い付いたわ……)
私が故郷に戻ったとき、すでにオークの軍勢に里は滅ぼされ、生き残った女性は皆オークどもに連れ去られた後だった。
すぐに追跡を開始して、オークの集落から仲間を助け出したけれど、双子の妹だけは見つからなかった。私と同じ精霊に愛された精霊使いの妹は、里を守るため最後まで戦い、力尽きたらしい。
一緒に捕まっていたものによると、妹はオークジェネラルによって、連れていかれたそうだ。
私たち姉妹は、精霊の加護があるため、オークは直接身体に手出しできないが、何をされるのかわからない以上、一刻も早く助けなければならない。双子の私には妹が今も生きていることがわかるから。
妹との繋がりを手掛かりに、オークを追いかけ続け、ようやく追いつくことができた。今助けるわ、サラ。
幸いなことに、オークの集落は何故か混乱しており、簡単に侵入することができた。風の精霊を呼び出し、精霊魔法を行使する。
圧縮された風の塊が大地ごとオークの頭を砕き、鋭利に研ぎ澄まされた風の刃がオークの首を輪切りにしていく。次々とオークが姿を現すが、私の精霊魔法の前では無力だ。
この調子なら、このまま奴らを全滅できる――そう思った瞬間、鼓膜が破れそうな、魂ごと震えるような咆哮が聞こえて、体の動きが鈍くなる。さらには、逃げ腰だったオークどもが急に力を増して襲い掛かってきた。
でも、この程度で私は止められない。止まるわけにはいかないのよ。歯をくいしばり、魔法を展開する。さっきまで一撃で倒せていたオークの動きが速く、徐々に攻撃が当たるようになってきた。
痛みを堪えながらオークを輪切りにしていくが、同時に自分の流した血で視界が失われていくのがわかる。まだ……倒れるわけにはいかないの。
突然の風切り音に反射的に魔法をぶつけるが、飛んできた岩の勢いは止めきれず、右腕の肩から先が千切れ飛ぶ。あまりの痛みに意識が飛びかけるが、視界にオークジェネラルを捉えると、何とか意識を保つことができた。里を滅ぼし、妹を連れ去った張本人を前に倒れるわけにはいかない。
残った左手に魔力を集中させ、最大威力の風の砲弾を放つ。風の砲弾は、オークジェネラルの右手を吹き飛ばすが、同時に放たれていた岩に、左足が吹き飛ばされてしまう。
続けて放った風の刃がオークジェネラルの左手を切り落とすが、一気に接近してきたオークジェネラルの蹴り足で、残った左手も折られてしまった。
醜く歪んだ怒りの表情でオークジェネラルが私を見下ろしている。おそらく殺すつもりはないのだろう。そのつもりなら、私はとっくに死んでいるはずだ。妹と同様に何かに利用するのでしょう。
ごめんなさい……サラ。あなただけでも助けたかった。
情けないことに私は涙を流していた。泣いても何も変わらないというのに。口惜しさと悲しさと情けなさが、私の中でぐちゃぐちゃになる。
ふいに体が持ち上げられ、私は身を固くする。せめてもの抵抗で私はオークジェネラルを睨み付け――ようとしたが、そこにオークジェネラルはおらず、黒目黒髪の男の人が私を抱きかかえていた。
「よく頑張ったなシルフィ……オークジェネラルは死んだよ。もう大丈夫だ」
その男の人は、とても優しく温かい声色で、なぜか私の名を呼びそう言ってくれた。亡くなった父を思い出しながら私は意識を失った。
精霊の加護によって、男性は私に触れることが出来ないはずなのに、そのことに気付かないほど、私は弱り切っていたのだ。




