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死神の涙

パーティーが一旦終わり、セレスティーナたちをイリゼスまで送り届けた後も、屋敷では深夜まで談笑が絶えなかった。


 普段接点があまりないメンバー同士というのもあるし、特に日本からの転生組はものすごく盛り上がっていたみたい。


 王都の最新の情報や流行が知りたいと、みんなミヤビさんにも群がっていたんだけど、情報が偏り過ぎていてあまり参考にならなかったみたいだけどね。


 色々あった中でも一番驚いたのは、クラリスさんがカタリナさんのお母さんだったことかな。


 以前、カタリナさんが紹介したがらなかった理由が分かったような気がする。俺はあんなお母さんなら大歓迎だけどね。



*** 

 

 

 深夜、みんなが寝静まった頃、なんとなく眠れなくて、部屋を出て屋根の上に横になる。


 異世界の夜空は大気汚染がないから本当に星に手が届きそうだ。地球でも、モンゴルの草原だとこんなふうに見えると聞いたことがあるけれど。


 失敗したなと少しだけ後悔する。


 誰かと一緒なら、ロマンチックな気分にもなったのかもしれないけれど、星空なんてひとりでみるもんじゃない。


 最近立て続けにみんなの両親に会ったせいかな、俺も少しばかり感傷的になっているのかも知れない。


 普段は考えないようにしているのに、星を眺めていると、今夜は二度と会えない両親のことばかり考えてしまう。


 

 俺が居なくなった最後の夜、母さんは俺の好物のナスの肉詰めを大量に作っていた……。


 全部食べきれたかな? 今でも油で揚げる音と匂いを鮮明に思い出すことが出来る。


 ……ああ、母さんの料理が食べたいな。


 逢いたいな……父さんと母さんに。


 息子の俺が先に逝くなんて親不幸でごめんな。


 ただでさえ、亜里沙が先に亡くなって悲しい思いをしただろうに。


 2人の淋しそうな背中を想像して申し訳なさで涙が溢れ出す。


 せめて……元気でやってることぐらい伝えられたらいいのにな。




『……カケル。ごめんなさい』


 突然の声に顔を上げると、美琴……いや、ミコトさんがいつの間にか隣に座っていた。


「ミコトさんが謝ることなんてないよ?」


 ミコトさんは悪くない。世界のルールを守っただけだし、あれは事故みたいなものだから。むしろ、申し訳ないぐらい良くしてもらっている。


『……ありがとう、でもカケルが悲しんでいるのに何も出来ないのは辛い』


 ミコトさんが後ろからギュッと抱きしめてくれる。


 何も出来ないなんて、そんなことない。その言葉が、温もりがちゃんと俺には届いているから。とても癒されて、すごく救われているんだよ。ありがとう、ミコトさん。


 涙が悲しみを洗い流してくれるまで、嬉し涙が心を温めてくれるまで。今だけはミコトさんに甘えてしまおう。




『カケル……デスサイズを貸して』  


 そう言って手を差し出したミコトさんの表情は、少しだけ悲しそうに見えた。


 デスサイズを抱いた美しき死神の両目から零れ落ちる涙は、見惚れるほどに綺麗で、それはきっと一生忘れられない、俺が初めて見る彼女の涙だった。



 零れ落ちた涙を吸いこんだデスサイズが輝きだす。


『デスサイズのレベルが上がりました』


『異世界間郵便が使えるようになりました』


 

『カケル……これで御両親に手紙を出せる』


 そう言って微笑む彼女の姿は、初めて会ったときから変わらない。


 漆黒のローブから覗いた輝くような銀髪に白磁のような白い肌。極めつけは、燃えるような紅い瞳。


 俺が愛した死神だ。


「……ありがとうミコトさん……本当にありがとう」


 せっかく止まった涙がまた溢れてきてしまうな。


 でも――――


 なぜだろう。ミコトさんを慌てて抱きしめる。そうしなければいけないとなぜかそう思ったんだ。



『ごめんねカケル……もう行かないと』


「え……? 行くって……どこへ……?」


 温かくなった心が急激に冷えてゆくのがわかる。嫌だ……言わないでくれ。


『この世界に留まれなくなった。一度お別れ』


「なんで? なんでだよ、ミコトさん!? せっかく逢えたのに……そんなの嫌だよ!!」 


 抱きしめる彼女の身体が徐々に薄くなってゆく。


『まったく……カケルは本当に泣き虫……』 


 優しく愛おしそうに俺の頭を撫でるミコトさん。その感触が無くなった時、彼女の姿はもう……どこにも無かった。





 俺は美琴を寝室に寝かせた後、抜け殻のようにしばらく何もする気が起きなかった。



(そ、そうだ、イリゼ様に……)


 イリゼ様なら何とかしてくれるかも知れない。すがるような思いで神殿へ駆け込んだ。




『やっぱり来たわね……カケルくん』


 用件などお見通しか……なら、


「イリゼ様、お願いです――――」


『残念だけど、ルールは変えられないわ』


「そ、そんな……」


 イリゼ様で無理ならもうどうしようもないじゃないか……


『……大丈夫、また会えるわよ』


「……会えるって、何時ですか? 10年後ですか? それとも100年後ですか?」


 何やってるんだ俺は……イリゼ様に八つ当たりしてどうする。




『……40分後ぐらいかしら』


「…………へ? よ、40分? 40年じゃなくて?」


『そうよ? リソース使い過ぎて一時的に強制排除されただけだから』


「そ、そう……ですか。は、ハハハッ、お騒がせしました。じゃあ俺はこれで……」


 帰ろうとした俺の目の前には、とても良い笑顔のイリゼ様が立っていて。


『んふふ……せっかく来たんだから、ミコちんが復活するまで……ね?』


 イリゼ様のお誘いを断るはずもなく。



***



 屋敷に戻るのと、ミコトさんが復活するのは同時だった。


「み、ミコトさんっ!!!」


 愛しい死神を抱きしめる。


『馬鹿ね……勘違いするなんて……可愛い』


 何でも良いんだ、ミコトさんがここにいる。それだけで十分だ。


「ミコトさん、あの――――」


『カケル……イリゼの匂いがする』


 ぎくぅ!? それはあのその色々あってですね?


『まさか……私が居ないのをいい事にイリゼとイチャイチャ?』


「ち、違わないけど、違うんだ、ミコトさん」


『ふふっ、分かってる。冗談』


 ふぅ……相変わらず死神ジョークは心臓に悪いぜ。



***



「ところで、どうやって手紙を送れば良いんだ?」


『とりあえず手紙書いて』


 両親宛に手紙を書いた。異世界のこと、妹の亜里沙のこと。婚約者たちのこと。何より、幸せに暮らしていることを。


『じゃあ次は死神召喚して』


「分かった、死神召喚!!」


 少々嫌な予感がするけど、言われた通りに死神召喚を発動する。



『ちょっとあんた、何時だと思ってんのよ!? って、ミコト先輩!? こ、こんばんは~』


 突然夜中に呼び出されてお怒りのキリハさん。本当に申し訳ない。


『あとは手紙をキリハに渡すだけ。簡単』


 なるほど簡単だとキリハさんに手紙を渡す。


『は、はあ〜!? 何で私が…………って業務に追加されてるじゃないの!? いつの間に……』


「すいません、お仕事増やしちゃって……」


『ねぇ……この手紙、あんたが書いたの?』


 手渡された手紙をじっと見つめるキリハさん。


「はい、両親宛に手紙を書きました」


『そう……とても素敵。優しくて温かい。想いのこもった手紙だわ』


「見なくても分かるんですか?」


『分かるわよ……私だって死神なんだから。仕方ないわね……届けてあげる。ちゃんとプリン宜しくね!』


 キリハさん……ありがとうございます。


『キリハ、特別にご褒美あげる。ミコトサンドイッチしよう』


 み、ミコトサンドイッチって何?


『あ、あの〜? 何ですか、それは?』


 キリハさんも知らないみたいだ。


『カケルを私と偽ミコトのキリハが前と後ろからサンドイッチして寝る。好きな方を選ばせてあげる』


『ふえっ!? ああああの、私にはちょっとまだ早い的な?』 


 真っ赤になってあわあわするキリハさん。


『そう……じゃあ二度と誘わない』


『へ? いやいやいや、やる、やりますサンドイッチ!! いえ、やらせて下さいお願いします!!!』


 見事な土下座を決めるキリハさん。


『だったら早く手紙を届けて誠意を見せて』


『了解ッス、キリハ行きます!』


 あっという間に手紙を持って消えたキリハさん。


 いかん、ミコトサンドイッチが頭から離れない、助けてミコトさん!


『ふふっ、じゃあ今夜はミコト&美琴サンドイッチする?』


「はい、します!!」


 満天の星空の下、この異世界に来てから1番良い返事をしたのだった。

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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