ミヤビ=カグラザカ
「こちらが屋敷の入口になります使者さま」
アイシャに案内されて巨大な門を潜れば、目の前に広がるのは広大な敷地と遠くに見える屋敷。
(公爵家の実家より広いですね……)
これなら戦うのにも十分な広さがあると、内心喜ぶミヤビ。
「それで、カケル殿はこちらに居られるのでしょうか?」
早く戦いたくてたまらないミヤビがアイシャにたずねる。
「申し訳ございませんが、カケルさまは、本日イリゼスに行っております」
「い、イリゼス……それはまたずいぶん遠くまで」
イリゼスと言えば、クリスタリアにある神殿本庁があることで有名な都市だ。
ここプリメーラからであれば、馬車で4週間はかかる。
我ながらタイミングの悪いことだとガックリするミヤビ。
「今夜には戻ってまいりますので、宜しければ屋敷にてお待ち下さい」
「へ? 今夜って、イリゼスからどうやって……」
「カケルさまは転移をお使いになれますから」
なぜか顔を赤く染めるアイシャを不思議に思いながらも納得するミヤビ。
「ところで、使者さまは宿は決めてらっしゃるのでしょうか?」
「いえ、着いたばかりでまだ決めていません」
「それでしたら、ぜひ屋敷にお泊り下さい。部屋は沢山ございますし、自慢の異世界料理と大浴場もあるのですよ」
「良いのですか? ぜひお願いします!!」
願ってもない事だ。これでカケルといつでも戦える。無論ミヤビの脳内での勝手なお話だが。
更に異世界料理という言葉に反応してしまった。
ミヤビは名前の通り、かつての異世界人の末裔だ。
サクラ同様、先祖返りの美しい黒髪と強力なユニークスキルを持っている。
当然異世界への憧れは人1倍強く、カグラザカ家の料理には異世界風のメニューも多く残っているのだ。
「まだ時間もありますから、当家自慢の大浴場で長旅の疲れを癒して下さいね」
アイシャの言葉に、自分がかなり汚れていることを思い出して頷く。
「しかしアイシャ殿、あれは一体なんですか?」
敷地内に点在する巨大な毛玉のようなモコモコが気になって仕方がないミヤビ。
「ああ、あれは角ウサギです。主に癒やしと警備の為に放し飼いされています。夜はベッドにもなるんですよ」
カケルとカタリナが厳選して召喚獣に選んだだけに皆素晴らしい毛並みをしている。
「ごめんなさい、ほとんど言っている意味が分からなかったんですが……」
角ウサギという単語以外、理解できずに混乱するミヤビ。
「えっと……説明すると長いんですが、あの角ウサギはカケルさまの召喚獣で安心安全でモフモフだということです」
「なるほど、分からないです。とりあえず、カケル殿が召喚獣を使役できることは理解しました……ですが、あれは災害級の魔物ですよね?」
ミヤビが角ウサギたちを見て戦慄する。
小山のような角ウサギは間違いなくそこいらのドラゴンより強いと分かる。
「カケルさまの召喚獣ですから当然です」
自慢げに語るアイシャにミヤビも嬉しくなる。
「となるとカケル殿は、当然この角ウサギより強いんですよね?」
「もちろんです。ここに居る角ウサギたちはカケルさまの召喚獣の中でも最弱」
アイシャの言葉に悶えるミヤビ。あれで最弱とか、ここは天国だろうか。
「あ、アイシャ殿、ちょっとあの角ウサギと戦って来て良いですか?」
「へ? た、戦うんですか? 構いませんけど、無理しないで下さいね」
五分後――――
すっきりした笑顔でミヤビが戻ってきた。
互いに殺す訳にはいかないため、格闘中心の戦いとなったが、鈍った身体をほぐすのにはちょうど良かったようだ。
「さすが四聖剣にして、近衛騎士団長さまですね!」
「あら、バレてたんですね」
チロリと舌を出すミヤビ。
「メイド長ですからね」
実際はアストレアの王女付き侍女であるアイシャにとって隣国の高位者のことなど、当然頭に入っているいろはなのだが。
「しかし、ずいぶんメイドが多いですね?」
ここまですれ違ったメイドだけでも相当な数だ。思わずたずねてしまう。
「まあ……そうですね、300名以上おりますので」
自分が採用しただけに苦笑いを隠せない。
「さ、300!? それはもはやメイド学校では?」
談笑しながら歩くが、屋敷はまだ先だ。
「ところで、こんな広い屋敷にカケル殿と婚約者だけで住んでいるんですか?」
ミヤビの持っている情報は古いため、4人ぐらいで暮らしているイメージだ。
「一緒に暮らす婚約者だけでも結構な人数がいますからね。武闘派の皆さんもスタンピードから帰ってきてますから、後で紹介します」
「武闘派ですか……良い響きですね」
人数ではなく、武闘派というワードにうっとりするミヤビ。
「ところでアイシャ殿、あそこで寝ているのは、グリフォンと暗黒竜に見えるんですけど?」
もうミヤビも慣れてきたようだ。なぜとは言わない。
「ああ、あれは召喚獣のフリューゲルとクロドラですね。カケルさまの召喚獣の中でも上位の強さを持っています」
「ははっ、ねぇアイシャ殿?」
「…………どうぞ、お好きなように」
五分後――――
ボロボロになったミヤビが良い笑顔で戻ってきた。
「いやあ、強かったです! スキル使わないと歯が立たないくらい」
嬉しくてたまらない様子のミヤビに苦笑いのアイシャ。
「カケル殿は一体どれほど強いのでしょうか……」
夢見る少女のように両手を組んでイヤイヤするミヤビ。
「ミヤビさまもご存知のアストレア七聖剣が束になっても勝てないくらいは強いそうです」
そういえば、主君であるユスティティアがそんなことを言っていたとアイシャが説明する。
「は? それはいくら何でも誇張しすぎでは?」
アストレア七聖剣といえば、アルカリーゼ四聖剣と並び称される武の象徴。
それはさすがにあり得ないと頭は否定する。
でも、本当だったら? と心は期待してしまう。
それなら私はおかしくなってしまうでしょう。
まだ見ぬ英雄に魂が震える。
きっと私は酷い顔をしているに違いない。
だって隣のアイシャ殿がドン引きしているのが見えるから。




