駆と美琴
クリスタルパレスを出た俺は、帰る途中にイリゼスという都市に寄って行くことにした。
魔人たちの話を聞く限り、この都市が最後の砦となって周辺国家から避難民を受け入れ、抵抗し続けた事で魔人軍の侵攻を食い止めたらしい。
おまけにフォースまでも撃退されたとなれば、ただ事ではない。
イリゼスに行方不明の七聖剣、あるいは勇者がいてもおかしくないだろう。
もしかしたら、セレスティーナたちの家族もいるかもしれないし、少なくとも何らかの手がかりはあるはずだ。
今日は時間が無いから、街には入らず上空から街を眺めるだけにしておくつもりだが。
クリスタルパレスから、短距離連続転移で飛んでゆくと、眼下に巨大な城塞都市が見えてきた。
(あれがイリゼス……プリメーラより大きいな……)
上空から眺めるだけだが、様々な情報が入ってくる。
アストレア、クリスタリア、自由都市連合諸国、そしてアルゴノート、クロエの国の兵士もいた。
期待に胸が踊る。スタンピードを早く片付けて戻って来よう。
そう心に誓い、転移しようとした瞬間、急に身体が動かなくなり、真っ逆さまに落下し始める。
(くっ、何が起きているんだ? まさか邪神の攻撃?)
どうやら落ちる先は公園のようだが、ま、マズい!? 誰かが寝ている。
俺は落ちても大丈夫だが、このままでは相手は即死だろう。
くそっ、動け、動けよ俺の身体――――しかし
ゴツンッ!!
必死の抵抗むなしく、そのまま公園に落下した。
やってしまった。この衝撃、確実に殺してしまった。
「痛ったーい!?」
「へ?」
寝転がっていた女性が声を上げた。
え? 死んでない? というより意外と元気そう?
「す、すいません、大丈夫……じゃないですよね?」
訳が分からないが、身体は動くようになった。とにかく謝罪と安否確認が先だ。
神水を準備しながら女性を――――え…………?
目に映る黒髪の女性に俺の世界が止まった。
思考も呼吸も、もしかしたら心臓すら止まっていたかもしれない。
言葉が出てこない……あれほど逢いたいと思っていたのに……
ありがとう?
ごめんなさい?
逢いたかった?
違うだろう。
そもそも俺は知っていても、彼女が俺と話したのは5歳の時が最初で最後だぞ?
憶えているはずもないし、仮に憶えていてくれていたとしても、それだけだ。
彼女とは、恋人でもないし、友人ですらない。
だって彼女は俺の名前すら知らないのだから。
***
どうしよう……目の前に初恋の男の子がいる。
向こうも驚いているみたい。
そりゃあそうよね。こんな異世界で偶然出くわすなんて、ドラマや映画でもないない。
でも、何て話しかければいいのか分からない。だってめちゃくちゃ格好良くなっていてヤバいのよ。
心臓はバクバクいってるし、多分顔真っ赤だよね!?
あ……駄目だこれ、完全に惚れた。好き。絶対に好き。自分は偽れないよ。
こんな時に限ってミコトさん居ないし。
なんでも良いから話さないと!
「あ、あの〜、ケルベロスさんですよね?」
「へ? あ……そ、そうだけど、どうして?」
やっぱり!!! 良かった。
「忘れるわけないですよ、お空のことも、チャリティコンサートの時に泣いてくれたことも、それから……お手紙くれたことも……え?」
いつの間にか抱きしめられていた。
私のステータスを上回る動きだとかどうでも良くて、彼の体温がただ心地良くて。彼の涙が切なくて。
「急に抱きしめたりしてごめん……後でいくらでも謝るから、殴ってくれて構わないから。でも嬉しかったんだ、憶えてくれていて。こうしてまた逢えたことが……」
そう言って彼が離れようとする。
「駄目、そのままで良いから。教えて? 私……あなたの名前も知らないんだよ?」
彼は、ハッとしたように頷く。
「不知火美琴さん、俺の名前は大海原駆。よろしく」
「そう、駆さん……素敵な名前って……えええぇっ!?」
「え? 何?」
「も、もしかして、あの有名なカケルさん?」
「い、いや有名なって言われても……」
「あの黒の死神のリーダーで、異世界でハーレム作ってるカケルさん?」
「う、俺ってそんなに有名だったのか!? いやそのカケルで合ってるけども……」
「いやああああああ!! ありがとうございます、ありがとうございます、女神様ありがとうございます!! 異世界最高、転生万歳!!」
「ち、ちょっと……美琴さん?」
「なんですか、もう。私のことは美琴って呼んで下さい、カケル先輩!!」
「は? せ、先輩!?」
「うふふ……もう遠慮は要らないんだから……カケル先輩、き、キスして下さい。頭を撫でながらぎゅっと抱きしめてからのキスでお願いします〜!」
「い、いや俺は嬉しいけど、良いのか?」
「もちろんです〜! あ、キス後のプリンもお願いしますね! あれ美味しいんですよね〜」
キス後のプリンって何? そもそも何でプリンの事を知っているの? とか色々あったけどカケルは考えるのをやめた。
だって、あの大好きな不知火美琴が目の前にいて、元気に笑っているのだから。それ以外何も要らないんだから。
***
『……良かったの、ミコちん?』
『せっかくの再会に私がいたら美琴が可哀想』
『でも、ちょっと無理矢理だったかしら?』
『大丈夫、あの2人なら、きっともう忘れてる』
カケルを墜落させたのは、もちろんイリゼとミコトだ。
すれ違いとかニアミスとかは要らない子。
ようやく出逢った駆と美琴。
ここから世界は大きく動き出す――――かどうかは神のみぞ知る。




