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美琴の想い出

 瞬間記憶を持っているとよくわかる。


 人と人との繋がりは見えない糸のようで、意識はしていなくても、記憶に残っていなくても、常に巡り会うようになっているのだと。


 出会いとすれ違いは紙一重なんだと、周りの人々を見ていて思わざるを得ない。


 例えば隣のお兄ちゃんが結婚式で出会いのエピソードを話していたけれど、2人が出会ったのは大人になってからじゃなくて、ずっと昔だよって教えてあげたい。



 だからかな……再びあの女の子を見かけた時、やっぱりなって思ったんだ。


 どこかでまた会えるような気がしていたんだ。


 1年ぶりに見た彼女は真夏だというのに長袖シャツを着ていて、ちょっと元気がなさそうだった。


 木陰に入って周りをキョロキョロすると、多分暑かったのだろう。長袖シャツを脱いだ。



 彼女の身体はあざだらけだった。


 そこから先はあまり思い出したくないな。


 悩んだ末に虐待を通報したんだ。


 そのことが良かったのか分からない。


 余計なことをしてしまったかもしれない。


 彼女の居場所を奪ってしまっただけかもしれない。



 いつか話す機会があったら謝ろうと思っていた。


 その機会は永遠に失われてしまったけれど。




 次に会ったのは小学4年の時。


 親友の明日人が病死して心底参っていた時だった。


 気分転換にと母親と行ったチャリティコンサート。


 驚いたことに舞台に彼女が立っていた。


 なんでも県の歌の大会で優勝したらしい。



 彼女の歌はとても優しくて。元気が出たけど、それ以上に涙が出て恥ずかしかった。


 一瞬目が合ったような気がしたけど、恥ずかしくてすぐに目をそらしてしまったんだ。




 次に彼女を見かけたのは、テレビの中。


 普段はテレビは見ないんだけど、友人たちの話に彼女の名前が出てきたから、慌ててチェックしたよ。


 オーディション番組で奮闘する姿にいつも勇気や元気をもらっていたっけ。


 柄でもないけど、番組宛に応援の手紙を送ったりもした。


 だって、こっちだけもらってばかりじゃ申し訳ないじゃないか。



 デビューが決まった時はマジで泣いた。


 我ながら引くほど泣いたよ。


 だって、あんなに辛い思いをしてきた女の子が、頑張って自分の夢を叶えたんだぜ?


 自分のことより嬉しいに決まっているじゃないか!


 俺が本気でお金を稼ごうと思ったのも、その時だ。


 それまで能力を使って金を稼ぐなんて考えたこともなかったが、どうやらアイドルを応援するには金がかかるらしい。


 それまでなるべく敬遠していた研究所にも通うようになり、稼いだお金はすべて彼女を応援するために注ぎ込んだ。


 彼女の所属する事務所の経営が苦しいと知り、あらゆる伝手を使って援助したのも俺だ。


 

 でも…………防げなかった。


 兆候は掴んでいた。


 事務所にも協力してもらい、証拠を集めてようやく警察が動き出したところだった。


 デマを流した奴も、それを掲載した週刊誌も潰してやったけど……


 それでも…………ファンの凶行までは予測出来なかったんだ。


 不知火美琴の死後、俺はカフェで絵を描くようになった。


 そうしなければ後悔と怒り、悲しみで潰れてしまいそうだったから。



 どうすれば良かったのか、今でも夢に見ることがある。


 こんなことなら、俺が側で守れば良かったんじゃないかと何度悔やんだことだろう。


 格好なんてつけないで、すべてをかけて直接守れば良かったんだ。


 ごめん……ごめんな。守れなくてごめんな。


 君の夢は俺の夢でもあったんだよ。



 緑の絨毯が涙で濡れる。


 見えない糸を掴むようにカケルは滲んだ空に手を伸ばした。




***



「ふぅ……今日も疲れたな……」


 イリゼスに戻り、ふと公園が目にとまる。


「ふふっ、少し休んでいこう!」


 芝生のような緑の絨毯に寝転んで空を見上げる。


 異世界の空なのに同じ空のように感じる。


 すべての世界は神界に繫がっているからかなとひとり納得する美琴。




(そういえば……あの時もこんな風に芝生に寝転がっていたっけ……)


 

 あの時、両親が亡くなって、住んでいた家から引っ越さなければならなかった私は、いても立ってもいられずに家を飛び出してひたすら遠くの公園を目指した。


 近くの公園だと友だちや知り合いに会ってしまうからだ。



 ムシャクシャしてたから、思い切りボールを蹴っ飛ばしたら寝転んでいた男の子の頭に当たってしまった。


 優しい男の子で、痛くないよって言ってくれたっけ。



 その時教えてもらったんだよね。


 お父さんもお母さんも、空から見守ってくれてるんだって。



 だから私は辛いことや話したいことがあると、こうやって空を見上げるの。


 今なら分かる。魂は生まれ変わりまた巡り会うんだって。


 もしかしたら、お父さんもお母さんもこの世界に生まれ変わっているかもしれないしね。



 そういえば、あの男の子、チャリティコンサートに来てたんだよね。


 雰囲気が変わっていなかったからすぐに分かったよ。


 私の歌を聞いて泣いてくれたっけ。


 私はそれが嬉しくてプロになろうときめたんだよね。



 そうそう、私がオーディション番組で死にそうになってた時に手紙を送ってくれたのも絶対にあの男の子だと思う。


 だってペンネームがケルベロスだよ?


 その手紙がどれほど私を支えてくれたか、私に力を与えてくれたか。きっと知らないだろうな。


 会う機会があれば、ありがとうって伝えたかっんだけど……ね。



 何で急に昔のこと思い出しちゃったんだろう。


 

 甘くて切ない私の初恋の記憶を。


 


 ゴツンッ!!


「痛ったーい!?」


 寝転がっていたら頭部に鈍器で殴られたような衝撃を感じた。


「す、すいません、大丈夫……じゃないですよね?」


 顔を上げると同じ年ぐらいの男の子が心底申し訳なさそうに立っていた。


「ううん、私だから良かったけど、普通なら死んでたよ?」


 って言おうと思ってたのに言葉が出ない。



 だって……だって、私の目の前にいたのは、あの男の子だったんだから。


 名前も知らない初恋の男の子だったんだから。

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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