専用メイド長
キリハさんの協力もあって、無事、聖地を結界で隔離することに成功したが、やるべきことは山積している。
侵攻作戦は即時中止が決定されたけれど、最前線の部隊に皇帝の撤退命令を届けるのは、やはり俺の役目になる。それが1番早いからな。
条約の締結や捕虜の返還などについては、アストレアを含め受け皿が出来ていないのでとりあえず後回しだ。
そして1番重要な帝国に連れ去られた人々については、皇帝陛下が責任を持って保護し、帝国国民と同等の権利を保障すると約束してくれた。
幸い侵攻作戦のために大量の備蓄があるので、人々が飢える心配もないし、そもそも帝国内は温暖で食べ物が豊富だ。
帝国は清潔で文化も高水準だし、住む場所や移動の自由も保証されるので、将来的にはそのまま定住する人々も出てくるかもしれない。
すでに帝国兵士との間で恋愛関係になっている女性もいるとか。
また、大陸同士を繋ぐ地下トンネルに関しては、俺の土の精霊獣ワームを使って拡張してゆく。
超高レベルなので、土を掘るスピードもけた違いだからな。
せっかくなので、途中数カ所には地下街を作って宿場町として整備し、安心安全に往来出来るようにするつもりだ。
土の精霊と契約出来れば作業ももっと楽なんだけどな。機会があれば探してみよう。
それで俺がいま何をしているかといえば……
『カケルさま、お疲れ様です。特別な豆を使い、私がブレンドしたスペシャルコーヒーです』
「ありがとうヒルデガルド。ちょうど飲みたいなと思ってたんだ」
『それは良かったです。作業の進捗の方はいかがですか?』
ヒルデガルドの笑顔が眩しい。俺にだけ見せてくれる淹れたてのコーヒーのような特別感のある微笑みだ。
表情は薄めで分かりづらいが、ミコトさんで鍛えられているから全く問題ない。
「ああ、とりあえず主要メンバーの分の指輪は完成したよ。さっそく付けてみるか?」
それにしてもヒルデガルドのコーヒーは美味いな。天才ブレンダーかもしれない。
俺はコーヒーに口を付けながら答える。
そう、俺は邪神の因子が見える指輪を作っていたのだ。
そんな物騒なものがあるなら、せめて見えるようにしないと、安心して寝ることも出来やしないからな。
『はい……それでは指輪をはめていただけますか?』
頬を染めるヒルデガルド。
どうもこの世界では指輪をはめる=婚約になるみたいだから、女性に渡す時は気を付けないと。
ちなみに、敬語は禁止されたので、こんな話し方になっている。
「それから、ヒルデガルドに邪神の因子の情報をインプットしたいんだけど」
『インプット?』
「ヒルデガルドの透視スキルは、インプットして情報を追加すれば、チェック可能になるみたいだからな」
透視で邪神の因子に関する記憶を探れば、色々分かることがあるかもしれない。
『なるほど! ぜひお願いします』
「それでインプットするには頭部の濃厚接触が必要なんだけど……おでことキス――――」
『キスでお願いします!!!』
我ながらアホな2択だと思うけど、やめられない止まらない。
濃厚な情報伝達を終えて、ぐったりしているヒルデガルドに尋ねる。
「だ、大丈夫か? ちょっと情報を詰め込み過ぎたかもしれない」
『だ、大丈夫です。どうか遠慮なく、いつでも容赦無くインプットして下さい!!』
尻尾と犬耳が見える……気がする。
ヒルデガルドは魔人版クロエだな。
「じゃあ、俺はみんなに指輪を渡してから、帝城内に邪神の因子を持つものがいないか調べてくるよ」
『お待ちください。私も同行させていただきます』
ヒルデガルドが俺の胸に顔を埋めてくんかくんかしながら、そんな殊勝なことをのたまう。
「それはありがたいけど、陛下のところへ戻らなくていいのか?」
ヒルデガルドは皇帝陛下付きのメイド長だ。いつまでも俺のところにいたら迷惑をかけてしまう。
『それならば心配ありません。先ほど職を辞してまいりましたので』
「へ?」
『これからはカケルさま付きの専用メイドとしてお仕えさせていただきますので、末永く宜しくお願いいたします』
「そ、そうか。宜しく頼むよヒルデガルド。でも専用メイドはすでにいるんだよな……」
頭の中で銀髪のモフモフプリンセスが尻尾を振っている。
『なっ!? そ、そんな……それでは私はどうやって生きてゆけば……』
激しく落ち込むヒルデガルド。
「いやいや、大丈夫だって。別に専用メイドがひとりなんて決まりはないんだからさ」
『はっ……それもそうですね。取り乱して申し訳ございませんでした。では、私が専用メイド長ということで』
なにその専用メイド長って? やばいな……絶対クロエと揉める未来しか見えない。
もうひとつ役職をつくるか……専用メイドリーダーとか? 専用メイド統括なんていうのもいいかも。
いや、クロエなら妹要素が入っていればOKなはず。お兄ちゃん専用メイド長でいいだろう。
「………………!?」
「ん? どうしたのじゃクロエ?」
急に立ちどまりキョロキョロし始めたクロエを不思議に思い、たずねるエヴァ。
「御主兄様がはげしくくだらないことを考えている匂いがします……」
「そ、そうか……じゃが、それはいつものことではないのか?」
エヴァもなかなか容赦が無い。
「それもそうですね……ああ、早く御主兄様の匂いをくんかくんかしたいです」
「それは同意じゃが、姫君としてその発言はどうかと思うぞ」
「ふふっ、今の私は御主兄様の妹で、専用メイドなのですから、良いのですよ、エヴァ」
専用メイドがいつの間にか増えていることをクロエはまだ知らない。
主であり、兄であるカケルの帰りを待ちわびるのであった。




