朝はやっぱり焼きたてパンとコーヒーだよね
朝の鍛錬を終えて部屋に戻ったが、ありすたちはまだ夢の中だ。
カイと顔を見合わせて笑う。
『そろそろメイドが朝食を知らせに来る頃だな……起こさないと』
カイがみんなを起こし始める。
そういえば腹が減った。いつの間にか、この寝室まで朝食の良い香りが届き始めたのだ。
「カイ、この寝室に俺がいたら問題になるんじゃないか?」
仮にも嫁入り前の皇女様の寝室だ。いきなり見知らぬ男がいたらメイドが腰を抜かすかもしれない。
衛兵を呼ばれでもしたら、それこそ面倒だからな。
『大丈夫です。この離宮付きの使用人には全て説明済みですので』
さすが仕事に抜かりが無い。
それにしてもこの香りは……
「カイ、まさかこの香り、コーヒーがあるのか?」
この鼻孔をくすぐる至高の香り。この世界に来てから恋しかったものの一つだ。
『はい、コーヒーは魔人帝国の主要特産品の一つです。やはり黒影殿もお好きでしたか。アリーセ殿下もお好きなのですよ』
マジか……それなら交易でコーヒー豆を輸入して、大陸にもコーヒー文化を広めよう。
甘味とともにコーヒーを販売することが俺の中で決定する。
『うーん、ダメだな。みんな全然起きない……』
声をかけても、揺さぶっても起きる気配がないことに呆れるカイ。
「よし、俺に任せろ」
順番に目覚めのキスをしていく。
『ん、んんんむむ~。!!!!!? お、おはようございます、大海原さん……』
顔を真っ赤にして慌てて起きるありす。
さすがにキスされながら寝続ける剛の者はいないようだ。
「――――よし、みんな起きたな、ってなんでカイが寝てるんだよ!?」
顔を赤くして見事なたぬき寝入りをきめるカイ。うん、確かに仲間はずれは良くないよな。
とびきり濃厚なキスをしてやった。
『『『ず、ずるい……なんかゼロだけ5秒長い……』』』
ええぇっ!? キスしている時間数えてたの? なんか恥ずかしいんですけど。
「うん、美味い! この世界で淹れたてのコーヒーが飲めるとは思わなかったよ……」
焼きたてのパンとコーヒーの組み合わせは最高だ。スクランブルエッグのようなものまで用意されているのは、多分ありすのおかげだろう。
『え? まさか……海の向こうにはコーヒーが無いの?』
驚いたようにありすが食事の手を止める。
「ああ、コーヒーどころか、甘いものとか嗜好品がほとんど無いからな」
『大海原くん、もしかしてこの国の方が暮らしやすかったりするのかな?』
絶望したような表情でたずねてくるひめか。
「さあな。俺もこの国のことをよく知らないから比較はできないな。その辺どうなんだソニア?」
魔人帝国は快適だけど、ここは皇女様の宮殿だから参考にならない。両方知っているソニアはどう感じているんだろうか。
『主様がいるから向うの方が好きですね!!』
駄目だ……嬉しいけど何の参考にもならない。ソニアがポンコツ可愛いことだけは分かったけれど。
『黒影殿、これも美味しいから食べて見てくれ』
カイがお薦めの食べ物を次々と食べさせてくれる。
そんなカイの姿に周りは疑惑のジト目を向け始める。
『なんでしょうか……ゼロと大海原さんの距離がやたら近い気が……』
『たしかに~、ゼロ、大海原くんとなんかあったでしょ?』
ありすとひめかが鋭く追及する。
『ふえっ、い、いや特になにも……そ、そうですよね、黒影殿?』
「そ、そうだな、ちょっと2人で朝の鍛錬をしていたぐらいだな……」
『あ、朝から破廉恥ですよ!? 外でそんなことをするなんて』
エルゼさん、全然破廉恥では無いですよ? まあ抱き締めたりはしたから否定は出来ないけれども。
『ところでアリーセ殿下、皇帝陛下からは面会の許可は下りたのでしょうか?』
ソニアが本題に話題を移してくれた。俺が関わらないと本当に優秀なんだよな。
『その件なら、もうすぐ返事が来ると思うけれど……』
そこへタイミング良く執事がやってきて頭を下げる。
『アリーセ殿下、皇帝陛下より面会するとの使者が来ております。すぐ御用意を』
正直、正攻法でしかもこんなに早く皇帝に会えるとは思っていなかった。
意外とアリーセは皇帝に愛されているのか? それとも何か別の目的でもあるのだろうか?
どんな思惑があろうとも、こちらとしては皇帝の判断に感謝だ。
皇帝に面会できるのは、アリーセと俺の2人だけ。
当然武器の類は携帯出来ないが、デスサイズがあるから特に問題にはならないな。
ありすと迎えに来た馬車に乗って、皇帝陛下の居城へ向かう。
仕方ないのかもしれないが、家族なのに一緒に暮らせないのは少し可哀想な気がするな。
馬車を使うのは、同じ帝城内といっても、プリメーラと同じぐらいの面積があるからだ。帝国はとにかく全てが大きいらしい。
皇帝の居城に近づくにつれて警備も厳重になってゆく。
ありすの話によると、ナンバーズとは別に近衛兵の精鋭部隊、近衛兵48というのがあるらしい。正直反応に困るがな。
『大海原さん、あれが皇帝陛下、父の居る居城です』
ありすが指差す方向にひそびえ立つ巨大な建造物に唖然とする。
とにかくデカイ。サイズ感がおかしくなりそうなほどデカイ。
「…………デカイな。まるで小人になった気分だ」
『あはは……ですよね』
ありすが苦笑いで応じる。
さて、超大国の皇帝陛下が話の通じる人物だと良いのだが。
俺たちを乗せた馬車は、大きく口を開けた巨大な建造物へと吸い込まれて行った。




