人形の舘
タイトルはアレですけど、全然怖くも不気味でもないです。安心してお読み下さい。
バドル 辺境伯執務室
『お、お呼びでしょうか? 辺境伯様、とマリネは申しております』
「ハハハッ、相変わらず無口だな、マリネ」
『ありがとうございます、と申しております』
辺境伯ダビドと話しているのはマリネではなく人形だ。
「……別に褒めてはいないのだが……まあ良い、例の人身売買組織の事件の事は聞いているか?」
『は、はい、詳しくは聞いておりませんが、一応ひと通りは把握している……と申しております』
「うむ、それでお前にマリグノ……いや、新しい町カケルノの代官を任せようと思う」
『えっ、えぇ!? マリグノって組織の本拠地だったところですが……と不安がっております』
「ハハハッ! 心配するな、もう危険は無い……多分。それにお前なら大丈夫だろう?」
そう言って人形を見る辺境伯ダビド。
マリネの人形は戦闘能力も高いのだ。
『うぅ……ちなみに断わることは……出来るのかと申しております』
「無理だな。期待しているぞ、マリネ!」
***
マリグノ改めカケルノは辺境伯領東端の町で、プリメーラ伯爵領との領境にある人口5千人ほどの中規模の町だ。
静かな町だが、大都市フィステリアにほど近く、また全国各地へ街道が伸びているため行商の拠点として、また宿場町としても栄えており、町に滞在する人数は人口の数倍に達する。
「こんな大きな町……私に代官なんて務まるかな……」
『マリネなら大丈夫! 私たちがついているわ!』
『そうよ、マリネは優秀だからこそ、この仕事を任せられたのよ、自信を持ちなさい』
「ありがとう……ドール、ドーラ。私頑張ってみる」
私が生まれた町は歴史的に人形使いが多く、私も両親と同じ人形使いのスキルを持っていた。
でも私の場合ちょっと特殊で、複数の人形を同時に操れて、人形に喋らせることも出来た。
やがて噂を聞きつけた領主さまに推薦されて、領都バドルの学校に通うことになり、卒業後、辺境伯さまの下で働くことになった。
私は極度の人見知りで、会話は人形がないと出来ないが、人形を使えば仕事は他人の3倍こなすことが出来る。
そこを辺境伯さまに気に入られたのかどうかは分からないが、すぐに結構重要な仕事を任せられるようになっていった。
このカケルノは、その名前の通り異世界の英雄カケルさまの治める町だ。
プリメーラの危機を救い、人身売買組織を壊滅させた英雄。おとぎ話みたいなすごい方でリーゼロッテさまの婚約者。
領主と言っても名前だけらしいので、この町に来ることは無いだろうけれど、万が一ということもある。
「…………という訳でカケルさまがいついらしても良いようにみんなで頑張りましょうね……」
『はい、マリネ!』
『わかりました、マリネ』
***
屋敷の下見が終わったあと、みんなをそれぞれの街へ送ってゆく。
俺もセレスティーナへ行かなくてはならないが、その前にちょっと寄るところがあった。
辺境伯さまからいただいた町カケルノだ。
実際の町運営は代官の人がやってくれているらしいけれど、挨拶くらいしておかないと不味いだろう。
もちろん困っていることがあれば力を貸すつもりだ。
『……転移!』
『王さま……こんな僻地までお越しいただきありがとうございます……』
「ヨカゼ……僻地って、一応俺の町なんだけど……」
『ハッ!? も、申し訳ございません。この身体と同じようにドス黒く醜い心根をお許し下さい』
「ヨカゼ……俺も同じ黒目黒髪なんだが……醜い、かな?」
『あわわわ……申し訳ございません!! そ、そんなつもりでは…………』
「ふふっ、わかったろ? ヨカゼの謙虚なところは美点だけど、過ぎれば自虐になって他人を傷付ける刃となる。変われとは言わないけど、もう少しだけ周りと自分自身の良いところを探してごらん」
『…………はい』
「俺はヨカゼの綺麗な黒目と黒髪、そして漆黒の翼を美しいと思うぞ。それとも俺とお揃いは嫌か?」
千切れそうな勢いで首を横に振るヨカゼ。
「でも、ヨカゼには罰を与えないとな……」
そう言って雰囲気を一変させる王さま。
当然だ。あれだけ王さまを侮辱したのですから。殺されても仕方が無い。
『ふぇっ!? んむむむ〜!?』
しかし、なぜか抱きしめられてキスをされてしまった。ああ……不謹慎だけど幸せ……もう死んでも良いです。
『はぁはぁ……王さま? これではご褒美です!』
力無く抗議するヨカゼ。
「罰を望んでいるやつに罰を与えたらご褒美になってしまうだろ? だから……これがお前への罰だ!」
『…………はい、王さま♡』
くせになりそうな駄目な私にまた罰をくださいね。
***
『はい、カケルノは問題無いです。魔物は私が駆除していますし。ただ、代官の娘は面白い力を使いますね』
「面白い力?」
『行けば分かりますよ、あの人形の舘へ』
さっそく領主の舘に行ってみると、ヨカゼの言っていた意味がわかった。
『人形使いのスキルを記憶しました』
出迎えてくれたのは一体の人形。
『ようこそ、お待ちしておりました。カケルさま。私はドールと申します。さぁどうぞこちらへ』
ドールさんに案内されて、執務室へ向かう。
すると勢い良くドアが開き、金髪碧眼の女の子が飛び出してきた。そして――――
あ…………転んだ。
『はじめまして、ドーラと申します。お見苦しいところを見せてしまい申し訳ございませんとマリネは申しております』
転んだ代官のマリネさんともう一体の人形のドーラさん。なるほど……面白い娘だな。
***
『はじめまして、カケルです。挨拶に来るのが遅くなって申し訳ない』
『すごい!! カケルさまも人形使いの力をお持ちなのですね!!』
マリネさんとはさっそく人形使いの力を使い、俺はぬいぐるみ越しで話をしている。
マリネさんは一言も喋らないが、目が尋常ではないほどキラキラしているので、第一印象は悪くないはずだ。
ドーラさんとドールさんからひと通り町の現状について説明を受けた後、お土産のプリンを渡すとすごく喜んでくれた。
でも……マリネさん。ドールさんとドーラさんの分のプリン、結局マリネさんがひとりで食べるんですよね? お腹壊さないで下さいね。
さらにせっかくなので、妄想スケッチの力でドーラさんとドールさんの新しい身体をプレゼントすることにした。
大分傷んでいたし、夜に出会ったら叫んでしまいそうだからね。
双子だと言うことなので、シルフィとサラをベースにした可愛いエルフ型人形にした。
人形と言っても、見た目は完全に人間にしか見えないほどの精巧な造りだ。
『ありがとうございます! カケルさま。永遠の忠誠を誓います。どうぞこの身体好きにして下さい、人形で恐縮ですが』
『ありがとうございます! カケルさま。口では言えないことをしても良いですよ、人形で恐縮ですが』
くっ、反応に困るが、2人とも喜んでくれたようで何よりだ。
「マリネさんにも護衛用に人形をプレゼントしますよ。どんな人形が良いですか?」
しばらく考えたあと、顔を真っ赤にしながら俺を指差すマリネさん。
「へ? 俺の人形?」
すごい速さでこくこく頷くマリネさん。
参ったな。今更ダメとは言えないし。
結局、カケル型護衛人形をマリネさんにプレゼントした。
マリネさんの喜びようは凄かったね。
「じゃあ、俺はそろそろ行きますね。今度はリーゼロッテも連れて来ます」
そう言って執務室を出る。
あ、ヨカゼを紹介するのを忘れてた!?
慌てて執務室に戻る。
執務室のドアノブに手をかけると部屋の中から話し声が聞こえてくる。
『マリネ……お前が欲しいんだ』
『だ、駄目です、カケルさまにはリーゼロッテさまがいらっしゃるではないですか!』
『確かにリーゼロッテも愛してるが、マリネ、お前に一目惚れしたんだ。お前も俺のものにしたい』
『もう…………困った方ですね。私もカケルさまをお慕い申し上げております……』
『マリネ……』
『カケルさま……』
どうしよう……すごく入り辛い。
っていうか、マリネさん人の人形で何やってんすか?




