今宵の夢は甘くせつなく 中編
「あれが……アトランティア……空に浮かぶ国だったんですね」
原理は分からないが、空を飛べるサキュバスならではの空中要塞だ。戦争で滅んだのかと思っていたが、あれを攻略するのは無理だろう。強力な魔物除けの結界も機能しているし、一体なぜ滅んだんだ?
「ええ、そうよ。本当に記憶のままね……まさかもう一度見られるとは思わなかったわ。ありがとうカケルくん」
百年以上振りに見る母国の姿に様々な感情がせめぎ合っているのだろう。
「せっかくだから行ってみませんか?」
異世界感全開の空中都市だ。しかもサキュバスの王国、不謹慎ながらワクワクが止まらない。
「でも……なんだか怖いの。たとえ夢だとわかっていても」
「大丈夫ですよ! そのために俺がいるんです。どんな敵だろうがやっつけてやります」
「ふふっ、確かに最強の護衛ね! そうね、せっかくだし行ってみましょうか!」
良かった。やっと少しだけ笑顔になってくれた。
でも……急に笑顔が消えて青ざめるリリスさま。
「カケルくん……ごめんなさい、どうやら観光は出来そうもないわ……見て、アトランティアはあれのせいで滅んだのよ……」
上空を指差す方をみれば、遥か彼方に見える光。
「……まさか、隕石か?」
「そう……アトランティアは、隕石が激突して滅んだのよ。さっき目が覚めたあの場所はね……私がアトランティアの最後を見た場所なの」
国外へ留学するため出発したあの日。忘れたくても忘れられないあの光景。
「……俺が何とかします」
「は? 何言ってるの? いくらカケルくんでも、どうにもならないわ! それにこれは夢なんだから、無理する必要なんてないのよ!」
「そんなことないです。夢だから何とかするんです。だってリリスさまがこの場面を選んだってことは、違う結果が見たかったからでしょう? せめて夢の中だけでもアトランティアが滅びないで欲しいと願っていたからでしょう?」
「カケルくん…………」
『……デスサイズ……来い!!』
中空に魔法陣が展開され、禍々しく巨大な死神の鎌が出現する。
「リリスさま、これが俺の相棒。全てを断ち切る異界の神器です」
初めて見るカケルくんの武器。ううん、あれは武器なんかじゃない。強いて言えば聖剣に近いけど、もっと異質なまるで意思を持っているかのような……
「前に言いましたよね。俺は世界を救うって。手が届くところは全部助けるって。強欲で傲慢なんですよ俺は。大切な女性が助けを求めてるのに救わない選択肢なんてないです。夢だろうが、過去だろうが、まとめて全部ブッ飛ばしてやりますよ。貴女にまた同じ苦しみを味合わせる訳には行かないですからね」
大切な女性と言われて顔が火を噴いたように熱くなる。
ずっと考えていた。
私はどうしたら良かったのか。
どうして私だけ生き残ったのか……
答えなんて出ないけれど、世界中に散らばるサキュバスたちを護らなければと思った。
国を失った少数種族の立場はとても弱い。加えて当時の世間一般のサキュバスへの認識はお世辞にも良いものではなかった。
サキュバスに対する偏見を無くし、立場を守ること。
それが私に残された王族としての責任と誇りだった。私にはもう、それだけしかなかったから。
百年以上かけてサキュバスへの認識も随分良くなったと思う。それは間違いなく私の誇り。
じゃあ私は? 私は誰が助けてくれるの?
答えは目の前にいた。
カケルくん……貴方が居てくれて良かった。貴方と出逢えて本当に良かった。
ありがとう……私を大切だって言ってくれて。ありがとう……私を助けるって言ってくれて。
大好きよ…………私の夢を守ってくれる貴方のことが。愛してる……私の大切なこの世界を守ろうとしてくれる貴方のことを。
高速連続転移で隕石に取り付き、土魔法で隕石の形状を薄く広く引き伸ばす。
薄く引き伸ばされた隕石は、そのままでも大気との摩擦で燃え尽きるだろうが、それでは俺の気がおさまらない。
(お前の気まぐれのせいで、どれだけの命が失われたと思ってるんだ? リリスさまがどれだけ苦しんだと思ってるんだ?)
なぜリリスさまがあれだけギルド関係者から崇拝されているか不思議でちょっと調べたよ。
この百年以上の間、彼女が何をしてきたのかを。
結果を見ただけでも分かる。彼女がどれだけ世界の為に貢献してきたのか。
そりゃ崇拝されてもおかしくないよ、美人なだけで尊敬される訳がない。
まだ幼い彼女が……種族の命運と王国の誇りと自分だけが生き残った自責の念を……あの細い肩にすべて背負って……
ふざけんなよ!! 彼女は幸せにならなきゃいけないんだ。いや、絶対に俺が幸せにしてみせる。
だからお前は―――――
「…………塵ひとつ残さない」
空にキラキラと火花が飛び散る。
綺麗…………まるで空に咲いた花のようね。
ありがとう……カケルくん、私を助けてくれて……ありがとう……私の想い出を守ってくれて。
お願い……早く戻ってきて。
そしてきっと私を抱きしめてね……私の黒髪の英雄さま。




