今宵の夢は甘くせつなく 前編
「お疲れ様ですリリスさま。肩でも揉みましょうか?」
リリスさまの執務室はこじんまりとしているが、生活に必要な全てが揃っていて、控室にはベッドも完備している。
聞けばここで寝泊まりすることが多いらしく、自宅はあまり使っていないのだとか。
「ありがとうカケルくん、お願いしようかしら?」
リリスさまの病的なまでに白いうなじから匂い立つような色気は暴力的なまでに魅惑的で自然と視線が吸い寄せられてしまう。
湧きあがる情動を抑え、彼女の細くそれでいて肉感的な肩を丁寧に揉んでゆく。
「……どうですか? 肩もみは結構自信あるんですけど……ってリリスさま?」
「あ……ああああうううう……」
しまった!? また俺の魔力にあてられてしまったようだ。
「リリスさま! 気を確かに持って下さい。ほら、魔力吸っていいですから」
正面に回り、首筋をリリスさまの口元にあてがう。
リリスは無言で差し出された首筋をかぷっと甘噛みするとちろちろ長い舌で舐め出した。
「うえっ!? くすぐったい、あははは、ちょ、本当にやめて、あははは……」
「…………ぷっ、くくくくく、あはははは! ごめんねカケルくん。私は最初っから正気よ。あんまり気持いから変な声がでちゃっただけ」
リリスさまが悪戯っぽくチロリと舌を出す。
「まったく……驚かさないで下さいよ。じゃあ魔力はもういいんですね?」
みればリリスさまの顔は赤く上気していて、瞳は潤んでいる。心なし呼吸も荒い。
「だめ……それが欲しくて……私……身体が疼いて眠れてないの……お願い、早く……頂戴」
くっ、意識が持って行かれそうになるほどの魅了の波動……さすがサキュバスの王族。
「そんなに我慢していたんですか? 困った人ですね。さあ思う存分吸ってください」
「ごめんね……カケルくん……見たくないもの見せちゃうかもしれない……もう限界なの……」
首筋ではなく唇に吸いつき魔力を吸うリリスの頭から羊のような角が2本、背中からは蝙蝠のような翼、そして先端がハート型になっている尻尾が生えてきた。
(イメージ通りのサキュバスキター!!!!)
カケルの興奮が限界突破する。
「ん!? んむむむ〜!?」
(な、何? カケルくんの魔力がすごい勢いで膨れ上がってゆく……あああああ)
急に糸が切れた操り人形のように崩れ落ちるリリスを慌てて抱きとめるカケル。
「あ、あれ? リリスさま!? やべぇ……失神してる……」
急いで神水を口移しで飲ませると、ゆっくりと目が開き意識が回復した。
「……ごめんなさい、こんな悪魔のような姿……幻滅したでしょう? これがサキュバス本来の姿なの……」
泣きそうな様子で俯くリリスさまを抱きしめ、そっと角と翼を撫でる。
「幻滅なんてしません……むしろ最高です!!」
「へ? あ、ちょ、ちょっと待って……そこは敏感だから……そんなに優しく撫でないで……」
もしかしてと思ったが、やはり角や翼はサキュバスにとって弱い部分だったらしい。
「あれ、もしかして尻尾も弱いんですか?」
「だ、駄目なの! 尻尾はダメダメ〜」
「はぁはぁ……もう……カケルくんって意地悪なのね!」
「すみません、さっきのお返しをと思ったんですけど、あまりにもリリスさまが可愛いすぎて……つい」
「ふぇっ!? そ、そ、そうなの? ふふっ、そっか、私、可愛いんだ……ありがとうカケルくん、ありのままの私を受け止めてくれて」
か、可愛い……俺には悪魔というより……天使にしか見えないけど……
「それでね……足腰が立たなくなっちゃったんだけど、ベッドまで連れて行ってくれるかしら?」
「喜んでお連れいたします、姫」
「うふふ、まだ私を姫なんて呼んでくれるの? きゃっ!?」
リリスさまを抱き上げお姫様抱っこでベッドまで連れてゆく。
次第に目がトロンとしてくるのは、彼女がここ数日寝ていないからだろう。
「ありがとうカケルくん、おかげでぐっすり眠れそうよ。でもその前に……ちゃんと夢の回廊使ってあげるから安心してね」
サキュバスの夢の回廊は異性に理想の夢を見させることが出来る。
リリスさまは俺の魔力を吸う代わりに夢を見せてくれるのだ。
そうだ! いい事思いついたぞ。
「あの……リリスさま、実は――――」
***
「ねぇ……何かドキドキするわね。お互いに夢の回廊を使うなんてどうなるか想像もつかないわ……」
夢の回廊はサキュバスの女性のみに発現するスキルで、男性で夢の回廊が使える者は誰もいないのだとか。
夢の回廊を互いに使ったら面白いんじゃないかと提案したら、やってみたいとリリスさまも結構ノリノリだった。
「じゃあ始めましょうか?」
手を繋ぎ、2人でベッドに横になる。
『『夢の回廊!!』』
同時にスキルを発動した瞬間、物凄い勢いで成層圏まで打ち上げられ、同時に深海の底に沈んでゆくような不思議な感覚に襲われる。
おかしいな……前回はこんな感じは一切しなかったのに。
辺りを見回すと見知らぬ景色と、ようやく立ち上がったリリスさまの姿が目に映る。
「……カケルくん? これは夢なのかしら?」
「どうやら夢の回廊を同時に発動したせいで、2人の夢が繋がってしまったみたいですね」
「そんなことが……」
「ところで、ここが夢の中だとして、俺とリリスさま、どちらの夢なんでしょうね?」
「…………多分、私の夢の中よ……カケルくん」
突然翼を広げ飛び立つリリスさま。慌てて後を追う。
上空で茫然と遠くを眺めるリリスの姿はまるで少女のように不安げでまるで泣いているようだった。
「やっぱり…………ここは私の……」
「どうしたんですか? 急に……リリスさま?」
涙を流すリリスの視線の先には、幻想的な光景が広がっていた。
中空に浮かぶ巨大な浮島とそこにそびえるきらめくような都市群。
「カケルくん……あれが私の故郷アトランティアよ」
百年以上前に滅んだサキュバスの王国の姿がそこにはあった。




