ミレイヌとクラウディア
「あら、ミレイヌじゃない? 貴女が冒険者ギルドに来るなんて珍しいわね」
大量の資料や荷物を抱えて冒険者ギルドにやってきたミレイヌを目聡く見つけ、声をかけるクラウディア。
通常であれば、商業ギルドのサブギルドマスターである彼女が冒険者ギルドへ自ら来ることなどまずない。
「ん? クラウディア、久しぶり! 相変わらずそのダサい眼鏡かけてるのね」
「……そのままお返ししてもいいかしら? ミレイヌ」
ギルドマスターの補佐をすることが多いクラウディアとミレイヌは、同じ苦労を分かち合える同志であり、ギルドの会合などでよく顔を合わせることもあって、たまに一緒に食事をする程度には仲が良い。
「それで? 貴女がわざわざ来るなんてよっぽど重要な案件でしょ? ギルマスを呼びましょうか?」
「うーん……そうね、先にクラウディアに話をした方が早そうだから、ギルマスは後でいいわ」
「私に? 何の件かしら?」
いぶかしがるクラウディアに口角を上げて用件を告げる。
「……セレスティーナの件よ」
「ん? 騎士団長に何か頼みごとでもあるの?」
「違う、そっちじゃなくて街の方!! ああもう紛らわしいわね……」
「ああ……街の方ね。それで? 私に何か関係あるの?」
「実はね、今度セレスティーナに新設される商業ギルドのギルドマスターになったのよ、私!」
嬉しそうなミレイヌにクラウディアもたちまち笑顔になる。
ミレイヌがどれだけ努力してきたか、短い付き合いながら良く知っているからだ。
「うわあ! すごいじゃない、ミレイヌ! おめでとう、お祝いしないとね」
「えへへ……ありがとう、クラウディア! それでね、カケルにゃん……いえ、カケルさまの街の発展の為に冒険者ギルドにも人材募集の依頼を出そうと思ったのよ」
(こ、この女……今、カケルにゃんって言いやがった!?)
「……アリサ、ちょっと上で重要な話をしてくるから、後を宜しくね?」
「は、はい……行ってらっしゃい」
(またお兄ちゃん絡み? 頑張れクラウディアさん!!)
アリサは公私に渡って一緒に過ごすことが多いクラウディアを姉のように慕っている。
グッと握り拳を作り、ミレイヌと共に階段を上がってゆくクラウディアの背にエールを送った。
「ミレイヌ……貴女、もしかしてカケル様に会ったんじゃないの?」
応接室の扉を閉めながら尋ねる。
「んふふ〜、やっぱり分かる? 分かっちゃうか〜えへへ……」
なぜか嬉しそうに照れまくるミレイヌ。
「……貴女のその様子じゃ聞くまでもないかもだけど、ひょっとしなくてもカケル様のことが好きなのかしら?」
「えぇ〜!! 何で分かるの!? やっぱり幸せオーラが出てるのかしら? うふふ……」
顔を赤らめるながらクネクネ照れるミレイヌ。
(あ、ダメだコレ、もう手遅れね……)
大きなため息をつくクラウディア。
「それで? 何でそんなに幸せそうなのよ」
ただカケル様に会っただけでこうなるとは思えない……いや、カケル様なら有り得るのか? あの人は規格外だから自信が無くなってくるけれど。
「えへへ〜、実はね、カケルさまの手作りプリンを食べたのよ!」
「ああ、ミレイヌって甘いもの大好きだものね! あれは確かに危険だわ……」
「しかも2人っきりで……」
ガハッ!? ふ、2人っきり? そういえば、私、カケル様と2人っきりってあまり無いような……
「綺麗な景色を眺めながら、夢を語ってくれたの! 私の為に……」
ゴフッ!? 無い、無いわ! 一緒に暮らしてるのに、そんな甘い展開一度もないかもしれない……だって、常に誰かが一緒にいるし。
明らかに後発のはずのミレイヌに先を越されて激しく凹むクラウディア。
「だ、大丈夫? クラウディア。何か顔色悪いみたいだけど?」
「な、何でもないわ。じゃあ募集の条件を詰めましょうか……」
ミレイヌと募集の条件や内容を確認するが、カケルの役に立てると思うと自然と熱が入る。時が過ぎるのも忘れて盛り上がってしまった。
「ありがとうクラウディア! とても素晴らしい結果が期待出来そうよ。近いうちに一緒にご飯食べましょうね!」
満面の笑みを浮かべて帰ってゆくミレイヌ。
(一緒にご飯か……カケル様と2人きりでデートしたいけれど、当分は無理そうね……)
忙しく飛び回っている想い人の姿を想像して苦笑いする。
「夜には戻って来るかもしれないから、仕事終わらせてしまわないとね……」
気持ちを仕事モードに切り替える。
「あっ、クラウディアさん! 黒の死神に指名依頼が入ってますよ」
受付に戻るとアリサが書類を渡してくる。
「また? 困ったわね……今は私しかメンバーいないのに……」
「でもこれ、クラウディアさんご指名みたいですけど?」
「は? 何で私に? 何これ……お使いクエストじゃない」
依頼の内容は、封筒を『シルクの翼』という店に届けて欲しいというもの。
「ふーん、これなら帰るついでに行けるかしら……」
「でも、お店閉まってしまうかもしれませんよ。受付は大丈夫ですから、クラウディアさんは依頼をお願いします。ギルマスには適当に言っておきますから〜」
いたずらっぽくウインクするアリサ。
「そう? 悪いわね、じゃあお先に失礼するわ。また後でお屋敷でね!」
封筒を手に取り、ギルドを出てゆくクラウディア。
(言われた通りにしたよ……お兄ちゃん)
アリサはこっそり微笑むが、クラウディアの分も仕事が残っているのを見て笑顔が消える。
(うへえ……これ……今日中に終わるかな……)
ちゃんと埋め合わせしてもらわないと割に合わないと内心憤慨するアリサだった。




