受け継がれる想い
たまにはカケルが主役じゃないお話も……
「……それでは、7千人以上の人がこの森に避難しているのですね?」
セントレアの北の街ノストラの住民約7千人がこのサウザンドフォレストに避難していると聞き、正直驚いた。
7千と言えば、ノストラの住民の約7割になる。セントレアから近いこの街で生存率は1%以下だと思っていたから明らかに異常な数だ。
それに森に逃げ込んだとしても、魔物や食糧の問題もある。よほど優秀な指導者でもいたのだろうか?
「王子様、サウザンドフォレストに魔物はいませんよ? 桜様の聖なる魔力によって作られた樹木が天然の結界となっているんです」
マジか!? すげぇな桜さん。
「それであなた方はなぜこんな所に?」
いくら魔物がいないとはいえ、動物はいるし、女性と子どもだけではあまりにも危険だ。
「実は――――」
母親のハンナさんによれば、息子のベン君には予知のスキルがあり、それに従ってここまで来て俺たちに遭遇したのだと言う。
「予知と言っても、ほとんどが漠然としたものなんですけど、今回は救いが現れるって、場所も時間もすごく具体的だったので……」
「なるほど! ということは、半年前もベン君のスキルのおかげで大勢の街の人が森に逃げ込めたんですね?」
「いいえ……半年前の予知は私の父ダムスによるものです……もうこの世にはおりませんが……」
表情を曇らせるハンナさん。
「とにかく、俺たちが救助に来たのは本当です。他の人々がいる場所へ案内していただけませんか?」
***
~ 半年前 ノストラの街 ~
『みなさん! 信じて下さい! まもなく街に滅びがやってきます。今のうちに避難する準備を!』
街の広場で必死に訴える老人。
「あ〜あ、またやってるよ、ダムスのじいさん……もう1週間だぞ?」
「さすがに気味が悪いよな。あのじいさん予知のスキル持ちなんだろ?」
「領主様は信じる必要無いって言うけど、準備だけはしておいた方が良いかもしれないね……」
最初は信じていなかった住民も、ダムスのこれまでの実績や必死の訴えの甲斐もあって、約半数の住民が信じるようになっていた。
(いかん……もう時間がない)
ダムスは家族はもちろん、避難する準備が出来た住民を少しずつ森へ逃がし始めた。
当然領主がその事態を放置するはずも無く。
「ダムス、お前を騒乱罪で捕縛する命令が出ている。一緒に来てもらうぞ」
「お前たちも早く森へ逃げるんだ! せめて家族だけでも――――」
鬼気迫るダムスの様子に衛兵たちも動揺する。
「だ、黙れ! 行くぞ!」
「た、隊長……本当にヤバいんじゃ?」
ダムスは収監されたが、今度は衛兵にも逃げるものが出始める。
「領主様、住民の約半数がすでに森へ避難しております。念のために残りの住民にも避難命令を出した方が良いのでは?」
事態を重く見た副官が進言するも、領主は全く取り合わない。
「うるさい、貴様もあんな胡散臭いじじいの戯言を信じているのか? 逃げた奴らが戻って来たら命令違反でたっぷりむしり取ってやるぞ! ウハハハッ!」
(ふふっ、いざとなれば私には転移の魔道具がある。それにこの街が消えてくれた方が都合が良いのだからな……)
どうやら王都が不正に勘付いたようで、明日にも査察官がやってくるのだ。
上手くいけば、査察官ごと証拠隠滅出来るかもしれない。
ひとりほくそ笑む領主に副官は見切りをつけた。
執務室を出ると、副官はすぐに腹心のダムルを呼ぶ。
「ダムル、領主様はもう駄目だ。街を脱出する準備を。お前の義父も解放してあげなさい」
「はっ、ありがとうございます!」
ダムルはダムスの娘婿だ。当然ダムスの予知を信じていたが、責任感が強く、残っている住民がいる限り最後まで避難するつもりはなかった。
「お義父さん、すみませんでした。早く逃げて下さい!」
ダムスを解放すると、逃げるように告げる。
「私は最後まで残って説得を続ける……ダムル、ハンナとベン、そして避難した人々を頼んだぞ!」
「駄目です、それではお義父さんが……それに私には最後まで住民を守る役割があります」
あくまで頑なに残ると主張する娘婿にダムスは嬉しそうに微笑む。
「ダムル……お前は本当に責任感が強くて誇り高い自慢の息子だ。さすがハンナが選んだだけはある。だがな、森へ避難した人々はどうなる? ほとんどが戦うこともできない人々だ。その人々を守ることも立派な役目だと私は思うぞ。なあに、私なら大丈夫。すでに逃げ道は予知してあるからな」
心配はいらないと高笑いするダムス。
たしかにダムスの言うとおりかもしれない。避難して終わりではないのだ。自分の視野の狭さを恥じるダムル。
「わかりました。私にできることを精一杯やります。お義父さんも必ず来てくださいね」
無理はしないでくれと念を押し、その場を立ち去るダムル。
(それで良い……皆を頼んだぞダムル……)
街へ出ると最後の説得に奔走するダムス。
最後まで信じていなかった人々もダムスの熱意に動かされてゆく。
衛兵隊が避難するように指示を出したことも後押しとなった。
最終的に街の人口の七割が避難をすることになったのだ。
「お嬢ちゃん、早く逃げなさい。間もなく街は飲み込まれる。家族はいないのかい?」
ダムスは路地裏で震える女の子を見つけた。
「……家族はいない。私は孤児だから」
「そうか……だったら森に行きダムルという衛兵を頼ると良い。きっと良くしてくれるから」
「でも……私街を出たことなんてないから……」
「大丈夫、この黒猫について行きなさい。必ず森へお嬢ちゃんを連れて行ってくれるから」
「……うん、分かった」
黒猫について去ってゆく女の子を見送ると大きく息を吐く。
ダムスは初めから逃げるつもりはなかった。
すでに自身の死を予知していたから。
ダムスは父を思い出す。
予知の力で、何度も街の危機を救った英雄だ。ダムスにとってまぶしいほど自慢の父親だった。
父は最後に教えてくれた。予知のスキルは最後に自身の死を教えてくれるのだと。
そしてそのスキルは、黒猫の姿となり、次の器へと受け継がれていくのだと。
次の器がハンナになるのか、ベンになるのか残念ながら見届けることはできそうにないが。
父さん……私は少しはあなたに近づけたでしょうか? 憧れだったあなたのようになれたでしょうか?
史上最悪の災厄の中、住民の7割が助かったこの逸話は、その後、ノストラのダムスの奇跡として、長く、永く世界中で語り継がれていくことになる。
ちなみに……ノストラの領主は、転移して逃げたセントレアであっけない最後を遂げた。




