13 セネカ村の異変
買い物を済ませた俺たちは、南門へ向かう。
プリメーラには東西南北に4つの大きな門がある。北門からは王国中東部の都市セントエステへ向かう街道が伸びており、俺が入ってきた西門からは、王国南西部の穀倉地帯を通り、遥か王都までの街道が整備されている一方で、東門より東は危険な魔物の領域となっている為、騎士団もしくは、D級以上の冒険者でないと利用することは出来ない。
今回目指している南門は、王国南部に広がる広大な森林地帯に面しており、森林の周囲を囲むように、小規模な町や村が点在している。今回依頼のあったセネカ村もその一つである。
森林周縁部にはあまり強い魔物が生息しておらず、角ウサギなど、獣資源が豊富だ。都市部で消費される食肉や毛皮などの素材は、主に南部の森林地帯から供給されているそうだ。
また、土地も肥えており、盛んに開拓が進められているが、森から常に魔獣が出てくることに加えて、最近は東から魔物が侵入することが増え、現状を維持するのに苦労している状況らしい。
南門を抜けセネカ村を目指す。肉を詰めた樽や毛皮が満載されている荷馬車とひっきりなしにすれ違う。それだけで、いかに南の森林地帯の資源が豊富か実感できる。
「クロエ、一旦セネカ村に行って、村長にあった方がいいのか?」
「そうですね……初めての依頼ですし、顔を通しておいた方が、色々スムーズかと思います。被害の状況も、依頼書だけでは分からない部分もありますし」
先輩冒険者のクロエが言うのであれば是非も無い。まずはセネカ村の村長に話を聞くことにしよう。
***
セネカ村は、プリメーラから最も近い村の一つで、徒歩で1時間もかからない場所にある。狩猟で生計を立てる町や村が多い中、農業を中心産業としており、人口およそ2千人の中規模の村だ。
村の周りは、プリメーラとは比較にならないものの、それなりの石造りの壁で守られていた。村に入り、門番にギルドカードを提示して村長に取り次いでもらう。
「お前たちが、依頼を受けた冒険者か? 俺はアントニオだ。村長の所へ案内するから付いてこい」
待合室に現れた40代位の男が、不機嫌そうに付いてこいと指示する。
黙って男に付いて行く。村の中は、プリメーラに近いこともあり、人通りも多く、ぶつからないように歩くのに苦労するほどだ。村の中心部では、市場が開かれ、物売りや屋台の呼び込みの声が耳に飛び込んでくる。
屋台ではウサギ肉の串焼きが売られていて、パチパチと炭が弾ける音や滴り落ちる脂の焦げる香りが食欲を刺激するからたまらない。角ウサギを美味しく食べるために、街で何も食べてこなかったのは失敗だったかもしれない。
我慢出来ないことはないが、クロエがとても恨めしそうな目で串焼きを睨んでるから、後で一本位買ってやったほうがいいかもしれない。どうせこの後運動するんだし構わないだろう。
5分ほど歩くと村で一番大きな建物に到着する。石造り3階建ての立派な建物だ。周囲の家屋がほとんど平屋のためとても目立っている。正直案内いらないよね。村の外からも見えたし。
「ここが村長の屋敷だ。そのまま待っていろ」
そう言って、アントニオが屋敷の中へ消え、すぐに50代位の男と一緒に戻ってくる。背は190㎝近くあるだろうか。引き締まった体に鋭い眼光。俺が子どもだったら割と本気で泣くと思う。
あの男が村長か? 鑑定してみる。
【名 前】 ディエゴ=セネカ(男)
【種 族】 人族
【年 齢】 50
【身 分】 騎士爵
【職 業】 セネカ村村長
【状 態】 良好
やはりこの人が村長か。俺たちよりも、よほど冒険者に見える。実際強そうだし。元冒険者とかだろうか。
村長は俺たちに気付き近づいてきたが、クロエの姿が目に入ると、驚きに目を見開いた。
「おおっ、クロエじゃないか。何でお前がF級の依頼に来てるんだ?」
「お久しぶりです。ディエゴさん。今日は冒険者としてではなく、御主人様の付き添いで来たので、どうか気になさらず」
「ご、御主人様? そ、そうか。事情は分からないが、追及しない方が良さそうだな……」
(マジか……あの白銀の悪魔の御主人様とか、一体どんな化け物なんだよ……確かにクラウディアに有望な冒険者を紹介するように頼んだのは俺だけどよ)
ディエゴさんとクロエは知り合いのようだ。俺の受けた初依頼だし、ちゃんとしないとな。フードを脱いで村長に挨拶する。
「ディエゴ村長。はじめまして。冒険者のカケルです。よろしくお願いします。早速ですが、依頼について伺っても?」
「っ!! く、黒目黒髪だと……まさか、異世界人かよ……ああ、すまない。依頼についてだったな――」
ディエゴ村長は、驚きながらも、今回の依頼について説明してくれた。
要点をまとめると、これだけ角ウサギが森から出てくるのは明らかにおかしい。森の中で何か異変が起きていて、その結果、角ウサギが逃げ出してきているのではないか?
とディエゴ村長は考えていて、その調査を依頼したいということらしい。異変の解明ではなく、あくまでも調査なので、F級の依頼となっているらしい。
「……という訳だ。出来ればすぐにでも行ってもらえると助かる。ちょうど収穫の時期と重なって、被害が深刻なんだ。万一危険な状況なら、最悪の場合騎士団の派遣を要請しなければならんしな」
村長としても、この猫の手も借りたい繁忙期に何故と頭が痛いそうだ。異変のことも気になるし、夕食までには屋敷に戻らなければならない。早く出発した方が良さそうだ。
「わかりました。早速調査に行ってみます。ついでにウサギは狩り尽しても構いませんか?」
「おおっ、行ってくれるか! もちろん、ウサギは好きなだけ狩ってくれて構わない。肉や毛皮は買取もできるからな」
ディエゴ村長は上機嫌で口角を上げる。
「期待はしていないが、せいぜい報酬分は働いてくれよ」
狩人頭のアントニオさんは、冒険者に依頼することに反対だったらしい。角ウサギぐらい、自分たちで狩れるからだ。
確かに角ウサギなら、村の狩人たちだけで対処可能だろう。角ウサギだけなら。クロエが何も言わないということは、村長の危惧はおそらく当たっているのだろう。
アントニオさんが、角ウサギの出てくる場所へ案内してくれた。狩り尽くしても、直ぐに新たな群れが出てくるので、きりがないそうだ。
被害のあった畑を確認し、アントニオさんと別れ、森へ向かう。
クロエによると、ディエゴさんは元B級冒険者で、堅実で信頼も厚く、長年の貢献が評価され、騎士爵として、セネカ村を治めることになったそうだ。
クロエも新人冒険者時代にお世話になったらしく、私も手伝いますとやる気をみせている。
「カケル様、今回の異変、おそらくは――」
「東の領域からの侵入者の可能性が高い、だろ?」
「っ! さすが御主人様です。ですので十分お気を付け下さい」
「ああ、ディエゴさんは調査だけって言ってたけど、本音は違うよな。だったら期待に応えてやる」
「カケル様……私の申し上げた事聞いてましたか?」
「もちろん、クロエの言ってくれたことは、一言一句全て憶えてる。ちゃんと気を付けながら、侵入者どもを殲滅するから安心しろ」
「そ、そうですか……それならば良いのです」
クロエの顔が心なしか赤い。本当に可愛いな、この子。
「カケル様、前方に角ウサギです」
さぁ、昼飯ゲットだぜ!




