弱い男
大広間を出て、ようやくイグナシオ様から解放された俺は、アストレア陣営の控室に向かう。
アストレア御一行をセントレアに連れて戻るためだ。
総勢千人を超える人数だから、転移を使ってもそれなりに時間がかかる。効率良くどんどんやっていこう。
まずは、宰相と近衛騎士団など男性陣を数回に分けて運ぶ。
続いてルナさん。
「お腹の子に負担がかからないようにしますから、リラックスして下さいね」
優しくそっと抱き上げ、驚かさないように合図をしてから転移する。
「あ、ありがとうございます、カケルさま。アストレアを救っていただいて! 私にも、もっと戦う力があれば……」
別れ際、悔しそうに涙ぐむルナさん。責任感の強いルナさんにとって、何も出来ないのはつらかっただろうな。
「そんなことないですよルナさん。戦う力なんて壊すぐらいしか能がないんですから。それにエストレジャさんや、ルナさん、貴方がたの方が俺なんかよりもずっと心が強い。ここから先はルナさんたちの力が必要なんです。落ち込んでいる暇はないと思いますよ?」
戦わなくていいならそれに越したことはないけれど、やらなければならないなら、そんなの出来るだけ俺がやってやるさ。
それが異世界から来た人間の役割だと俺は勝手に思っているから。
そのために授かった力だと信じているから。
「……そうですね! 私も頑張らないと」
ぐっと拳に力を入れて笑うルナさん。
「でも、まずは元気な赤ちゃんを産んでもらわないと、ですね」
死んでゆく命もあれば生まれてくる命もある。
いつか俺も子どもの顔を見れるのだろうか。いかん……顔がにやけてしまう。
でも、今のセントレアで満足な環境が揃えられるかわからないな……必要ならお医者さんをつれてこないと。
***
さあ、残るは女性陣だけど……まずいなこれは……。
居並ぶ美女たちに圧倒されてしまう。
さすがは大国アストレアの王宮勤めをしていた女性たちだ。
侍女や使用人といっても、ほとんどが貴族の子女で、平民出身の場合も見目麗しい者ばかりだ。
さらに王宮のメイドさんは、皆アイシャさん並みの毛並みを持つ獣人族が多くて困ってしまう。ウサギ、ネコ、イヌ、オオカミの色とりどりのもふもふ天国。やばい、鼻血がでそう。
ここにきて目先の欲望に負けたツケが回ってきたようだ……心を無にするんだ。
これは仕事だ。荷物を運ぶだけの簡単なお仕事だ……
集中しろ、今こそ俺の本当の強さが試されているのだから。
……ごめんなさい。俺やっぱり弱かったよ。
だってもふもふすべすべふわふわなんだよ? しかもすごく良い匂いするし。
俺は我慢したんだけど、みなさん積極的にもふアピールしてくるから……つい。
でも大丈夫、もふっただけだし、みんな喜んでたからセーフだよ。多分。
今更だけど……俺ってひょっとして、もしかして押しに弱い?
***
「うわーん、クロエ!! 頼む、何も言わずに黙ってもふらせてくれ……」
街中で復興活動をしているクロエのところへ転移して、驚く彼女に抱きついた。
「御主兄様? ふふっ……はい、クロエはいつでも御主兄様専用です。お好きな時に好きなだけもふって良いんです……さあ、どうぞ」
自分の弱さが嫌になって少し凹んだので、クロエに甘えさせてもらうことにした。
一心不乱にクロエをもふる。他人の視線なんか気にしない。
やはりクロエの毛並みが一番だな。このまま溺れてしまいたい。
「……おい、ソフィア、本当にこんな男で良いのかよ?」
「……何言ってんのジャミール、男の弱いところに女はぐっとくるものなのよ」
「そうだったのか……なあ、ソフィア、だったら俺もちょっと甘えさせてくれないか?」
「馬鹿言ってんじゃないの! あんたは普段から甘え過ぎなのよ! 普段強い男が弱音を吐くから良いんじゃない、ギャップよギャップ。くっ、私にも毛があれば……こんど女神様に相談して……」
「……左様ですか」
落ち込むジャミールの肩をヴァレンティノが気にすんなよ、と優しく叩く。
「突然現れたかと思ったら、白昼堂々街中でイチャつき始めるとは……さすがはダーリンじゃな」
「獣人族のあれは反則ですよね……いいなあ。私も触ってみたい……」
「ソニアもカケルっちの仲間入りか? 私には全然わかんねえけどな? どこが良いんだかあんな毛むくじゃら」
「私もラビがもふりたくなってきたわ……カケルくんにお願いしようかしら?」
たっぷりクロエを堪能した後、本題に入る。
別に、ただクロエに甘えに来ただけではないのだ。
「ソニア、話がある。ちょっといいかな?」
***
「なるほど、ついに帝国に戻る時がきましたか。もちろん喜んでやらせていただきます」
魔人帝国を和平交渉に動かすため、アリーセ殿下にソニアを接触させる。というか、ソニアはもともとアリーセ殿下の配下なんだけどね。
「いいか、絶対無理はするなよ。危険があったらすぐ俺を呼べ。いいな?」
「わかりました。絶対無理はしません。危険な真似もしません」
素直に頷くソニアが可愛くて思わず頭を撫でてしまう。
「う~、また子ども扱いするんですね!」
不満そうに頬を膨らませるソニアを抱き寄せキスをする。
「そんなことはないぞソニア、前にも言っただろ、帝国全部よりお前が大事だって」
「あ、主様……うわーん!……」
感極まって泣き出してしまったソニアが落ち着くまでそっと背中をさすり続けた。
親兄弟のいない孤児だったソニアにはもっと幸せになって欲しい。心からそう思う。
『ヘッヘッヘッ、オマエヲ、コロス、カクゴスルンダナ!!』
『ヤ、ヤメロ~、アリーセデンカニ、テヲダスナ~!』
「…………却下だ」
セレスティーナたちの提案通り、イレブンとテンスたちにアリーセ殿下を襲わせてみようということで予行練習をしてみたら、ソニアも含めて全員セリフ棒読みの大根ぞろいだった。
『『『……申し訳ない……』』』
己の演技力の無さに絶望し、うなだれる魔人たち。
「ま、まあ、誰にでも得意不得意があるから気にするな。もともと俺も乗り気じゃなかったし」
「そうですよ! 主様が一言 『黙って俺の言うとおりにしろ』って言えばアリーセ殿下もイチコロですって。殿下押しに弱いですからきっと行けます!」
……ソニア、そんなわけないだろ!? なんだよそれ、脅迫してるみたいじゃないか!
「……まあ、普通に会って話せばいいんじゃね?」
『『『……そうですね……』』』
というわけで、ソニアたちは魔人帝国へと出発した。




