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四聖剣 イグナシオ

 アルカリーゼ王国の東の要であり、プリメーラの北に位置する都市セグンダ。


 プリメーラとほぼ同規模を誇り、アルカリーゼの中でも大国アストレアの王都セントレアに一番近い主要都市ということで非常に発展していた街だ。半年前までの災厄の日までは。


 現在はプリメーラ同様、魔物の侵攻を防ぐ防波堤としての役割を担っている。


 セグンダを治めるのは、アルカリーゼ四聖剣のひとりイグナシオ伯爵。


 四聖剣となっているが、魔法を得意とし、アルカリーゼ有数の大魔導師でもある。




「イグナシオ様、アストレア王国宰相のベルダー様がいらっしゃいました」


「わかった。通してくれ」


 ベルダーが案内されてくるが、さすが大国の宰相だけのことはある。


 イグナシオを前にしても表情一つ崩さず、優雅に一礼する。


「イグナシオ殿、このたびは我々を受け入れていただき感謝しております」


「なに、我々は何もしておりませんよ。貴方がたが突然現れた時はさすがに驚きましたが」


  

 実際、あの時は正直肝を冷やした。


 宰相一行を連れてきたハーピィがそれほどまでに強かったのだ。



 イグナシオは、ちらりとベルダーの隣に控える絶世の美女を見る。


(たしかキタカゼと名乗っていたか……最近頻繁に名前を聞くカケルという異世界人の召喚獣だとか……)


「それでキタカゼ殿、主のカケル殿から何か連絡は入っているのかな?」


 何を考えているか表情からは読み取れないため、イグナシオは慎重に尋ねる。


「……はい、我らが王より今から迎えに行くとの念話がございました。転移を使いこの場に参りますので、皆さま警戒無用でお願いいたします」 


 主のことを話題にしたためか、ほのかに頬を染めるキタカゼ。



「む……今からやってくるのか」



 プリメーラ近郊に突如現れ、王国の窮地をたびたび救った異世界の英雄。


 聞こえてくる情報にはとても信じがたいものが多数含まれるが、結果を残しているのは事実だ。


 少なくとも、こんな災害級の強力な魔物を従え、心酔させているのだ。規格外の男なのは間違いないだろう。 


 だが、ひとつだけ気になることがある。それだけはこの機会に確認しなければなるまい。


 イグナシオは強い決意を胸に秘めて英雄の到着を待つ。



「皆さま、来ます!」


 

 キタカゼの合図から遅れること数秒、セグンダの主要メンバーそしてアストレア側の代表者が集まっている大広間に、不吉なローブを纏った黒髪の青年が姿を現す。



(ぬう、こ、これほどか……)


 内心イグナシオが呻く。


 大魔導師である彼は魔力を視覚化して見ることができる。


 その圧倒的な量と信じがたいほどの密度の魔力が、まるで大蛇のように幾重にも巻きついているようだ。


 見ているだけで冷や汗が止まらない。慌てて魔力視を解除する。




 一方のアストレア陣営も―――


「……ネスタ、私は文官なのではっきりとは分からないのだが、彼は本当に人なのか?」


 ベルダーが隣にいる近衛騎士団副団長ネスタにたずねる。


 大国の宰相を務めるだけあって、ベルダーはこれまで数えきれない人を見極めてきた達人だ。そんな彼にも見極めができないほどの何かが黒髪の青年にはあったのだ。


「はっ、そうですね……あのキタカゼ殿を見たときの絶望感が子ども騙しに思えるほどには強いですね。ただし、恥ずかしながらまったく底が見えませんけれど」


「そうなのですか? 私にはただの青年にしか見えませんが……」


 近衛騎士団の中で最も若いラウルが首を捻る。


「ふっ、ラウルよ、まだまだ修行が足りんぞ。もう一度ちゃんと見てみろ、あの規格外の男を」




「王様! 王様~! ふふっ、キタカゼ淋しかったですぅ~。頑張ったんですからご褒美下さい!!」

「よく頑張ったなキタカゼ。よし、ご褒美だ」

「ん……王様、嬉しいです……」




「……た、確かに、この衆人環視の状況で堂々とイチャイチャするとは……規格外過ぎます」


「…………そうだな」




「みなさん初めまして、異世界人で冒険者のカケルです。セントレアは無事奪還したので、ご安心を」


 カケルの言葉に全員が驚く。これまで奪還どころか守るので精一杯だったのだから当然だろう。



「あ、あの……エストレジャは? 彼は無事なんですか?」

「ああ、貴女がルナさんですね? 大丈夫、エストレジャさんは無事です。貴女のことをとても心配していましたよ」


「本当ですか! 良かった……本当に」


 安心したのか床にへたり込み、安堵の涙を流すルナさん。

 

(本当に良かった。早く会わせてあげたいな)


 

 そんなカケルの前にひとりの男が進み出て頭を下げる。


「カケル殿、私はアストレア王国宰相のベルダーです。セントレアを奪還していただき誠にありがとうございます」


 ベルダーさんは目を潤ませながら、何度も礼を言った。本当に国を愛しているのが伝わってくるよ。


「ベルダーさん、アストレアは俺にとっても特別な国なんです。礼など不要ですよ。それにユスティティアとセレスティーナの願いでもありましたからね」


「そ、そうでしたか……それにしてもユスティティア様がご無事で良かった……ちなみに両姫殿下とはどのような関係なのでしょうか?」


(う……目が怖いですベルダーさん。でも、いずれ分かる事なんだから、ここは正々堂々と言わないと)



「……2人とも俺の大切な婚約者ですよ、ベルダーさん」


 まっすぐに視線を見つめ返しながら答える。



「…………そうですか。カケル殿、どうか両姫殿下を宜しくお願いいたします」


 驚いたように少し目を見開いたが、すぐに優しい微笑みを浮かべるベルダー。



「もちろんです。世界で一番幸せにするつもりですからね!」



(まぶしいほど真っ直ぐな青年だな。あのユスティティア様とセレスティーナ様が惹かれた気持ちが良くわかる。考えたくはないが、残りの王族の安否がわからない以上、最悪の場合、この青年がアストレアの王となるかもしれない。まだわずかな時、数えるほどしか言葉を交わしていないが、すでに私の心は認めてしまっている。この方で良かったと喜んでしまっているのだ……)


 建国からアストレアは異世界人との縁が深い、歴史上何人もの異世界人がアストレアと関わり、ベルダーにもわずかだが、異世界人の血が流れている。


 異世界人と関わることは、アストレア人にとっては憧れであり、夢なのだ。

 

 現状はようやく最悪から脱したばかりで、国を立て直す道筋すら見えない。


 だがベルダーの心は軽く明るい。


 この先になにが待っているのか。この黒髪の青年が何を成してゆくのか。


 ベルダーは少年のように心を躍らせるのだった。








 

 

 

 

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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