しあわせのかたち
「ではカケルさま、お願いします」
ギルドがセレスティーナへの移住者を集めるにあたって、直接現地を見ておいた方がいいだろうとミレイヌさんから提案があったのだ。
とりあえず、商業ギルドの職員を交代制で全員連れていくことになった。
ちょっと大変だけど、それだけ商業ギルドが本気だということなんだから、俺も頑張らないと!
ちなみにプリンは他の職員たちにも大好評で、まずは試験的に商業ギルドの直売所で販売することになった。
最終的に、販売価格は大銅貨1枚(500円)のワンコインとなった。精算も楽だし、あまり安くしすぎると儲けがなくなって、今後、プリンを売ろうとする人が出てこなくなっちゃうからね。
***
「次はミレイヌさんの番ですよ」
「わ、わかったわ、だ、抱き付けば良いのよね?」
少し緊張気味のミレイヌさん。猫獣人はやはり警戒心が強いのかな。
ミレイヌさんの緊張をほぐすために耳元でささやく、
『大丈夫、力を抜いて俺に身を任せて。後で特製プリンあげますからね』
「ふにゃあ! と、特製プリン!? ねえ! 後っていつよ?」
プリンに意識が向いたおかげで緊張もほぐれたみたいだ。
ミレイヌさんを素早く抱き上げセレスティーナへ転移する。
「へぇ……これがセレスティーナ……なんて綺麗な街なの。嫌な匂いひとつしないわ」
鼻をピクピクさせながら、ミレイヌさんが感心したようにつぶやく。
セレスティーナは街ごと神水で浄化しているから魔物も近づくことが出来ない。街全体が魔物避けの結界を張っているようなものなんだ。それにまだ生活臭がほとんど無いからね。
驚く商業ギルドの人々を連れて大通りに向かう。商業ギルドの出店する場所を決めるためだ。
「この辺りでお好きな場所を選んで下さい。すぐに魔法で使えるようにしますから」
商業ギルドの支部が入る建物を選んでもらい、土魔法で必要な部分をがんがん改築してゆく。
「……規格外とは聞いていたけど、想像以上ね……」
「はい……並の土魔法使い100人分の魔力を使ってケロリとしているなんて……」
「それもそうだけど、装飾もすごいぜ! こんな緻密なレリーフ、王都でもなかなか見れないレベルだぞ」
「……繊細な細工って魔力バカ食いするんですけど……なんか土魔法使いとしての自信が……」
商業ギルドの職員たちは、カケルの規格外の能力を目の当たりにして驚くやら呆れるやらするばかり。
30分ほどで、無事商業ギルドが完成した。もちろんデザインと装飾にはとことんこだわったつもりだ。冒険者ギルドとあわせて、新しい街のシンボルになってくれると思う。
「ありがとうございます、カケルさま。これならすぐにでも営業を始めることが出来ます!」
ミレイヌさんたちにも満足してもらえたようだ。外観だけなら、プリメーラの商業ギルドより立派だし。
こちらとしても、商業ギルドが早期に動き出してくれたほうが有り難いからね。
***
「ねえ……さっきの特製プリンの話だけど、いつ食べさせてくれるのかにゃあ?」
街中を案内するために2人で歩いていると、ミレイヌさんが小声で話しかけてきた。
おそらくずっと気にしていたのだろう。悪いことをしちゃったな。
「だったら今から食べようか? 景色の良い場所へご案内いたしますよ、お嬢様」
ミレイヌさんを抱き上げると、飛翔で領主城の天辺まで飛んでゆく。
ちなみに、この城、カケルノセレスティーナ城という恥ずかしい名前に決まってしまった。
本当は反対したかったんだけど、喜んでいるセレスティーナが可愛くて言えなかったよ。
「うわー、すごい景色ね……猫獣人ってね、高いところに登るとテンション上がるのよ!!」
大興奮のミレイヌさんと2人で、景色を眺めながら特製プリンを食べる。
無言の時間が心地よい。
時として言葉は余計なことがあるから。
(……美味しい……さっき食べたプリンとは次元が違う……)
不思議ね。急に昔の記憶が甦ってくる。あまり思い出したくない子どもの頃の思い出。
私たち猫獣人は、昔から貧しい暮らしをしていた。
警戒心が強いから、犬、狼、ウサギの獣人のようにメイドとして働くのには向いていないし、かといって虎、獅子、熊の獣人のように力があるわけでもない。
特に私たち黒猫の獣人は、国によっては不吉の象徴とされて疎まれることもあった。
私もそんな例にもれず、故郷を追放されてこの国にやってきたのだ。
この国には幸い獣人への差別はないけれど、やっぱり仕事は見つからない。
見つかったとしても辛くてお給料の安い仕事ばかり。
そんな私の運命が変わったのは、偶然、今のギルドマスターに出会ってから。
雇い主に酷い扱いを受けていた私を商業ギルドが保護してくれたのだ。
私が甘味にはまったのもその時から。
ギルドマスターに買ってもらった甘いお菓子。生まれて初めて食べた甘い食べ物。
今思えば安いお菓子なんだけど、その時はこんな美味しいものがこの世にあるのかって本気で思った。
ギルドマスターには子どもがいなかったから、その後もずっと私のことを気にかけて相談に乗ってくれた。
猛勉強して15歳の最年少で商業ギルドに入れた時は嬉しかったっけ。
そうだった……私が商業ギルドに入ったのは、助けてくれた恩返しがしたかったから、そして私たち猫獣人の働く環境を少しでも良くしたかったから。
今の私は……サブギルドマスターになった今の私は、すっかり日々の忙しさに追われてあの時の気持ちを忘れてしまっていたのかもしれない。
ああ……美味しいな。初めて食べる味なのになぜか懐かしい味。とても優しい味。
困ったな。プリンがしょっぱくなっちゃうよ。せっかくの景色が見えなくなっちゃうよ。
涙がぽろぽろ止まらない。悲しいからじゃない、気持ちが暖かくなるから涙が出るのね。
「ミレイヌさん、俺さ、プリンを販売するのって甘味を広めるっていう目的ももちろんあるんだけど、危険な仕事をしている子どもたちとか、力を持っていないけど、やる気はあるよ、みたいな人たちの仕事になればいいなって思ってるんだ」
「…………」
「それに、ミレイヌさんみたいな猫獣人の人たちって、手先が器用だろ? 俺のプリンとかいろんなデザートを作る職人さんになってくれたらなって思うんだけど……どうかな?」
「そうね……とっても、とっても素敵な考えだと思うわよ」
そうか、この人は本気でみんなが幸せになって欲しいと思ってるんだ。
この人のことをずっと見ていたい。
これからどんなことをするのか、どうやって世界を幸せにしていくのか。
この人ならいつかきっと、みんなを幸せにしてくれる。
だってプリンひとつで、私の夢を丸ごと叶えてくれたんですもの。
「でもね……カケルさま、猫獣人は手先が器用なだけじゃないのよ?」
(……警戒心は強いけど、一度心を許したら、とことん甘えて尽くすのよ……)
「ん? 他にもなにかあるのか?」
「んふふ、それは秘密にゃん」
私決めたわ。カケルさまのこの街を、セレスティーナを世界一幸せな街にするんだ。
私の本気……見せてあげるからね!




