01 スケッチブックの彼女
はじめての投稿となります。
異世界ハーレム物が好きなんですが、なかなか自分好みの作品ってないんですよね。無いなら自分で書けばいいじゃないということで、私なりの物語を紡いでみようかと思います。縁あって巡り合えた読者さまに感謝を。
今日は土曜日、天気は快晴、時刻は正午10分前。スケッチブック片手にいつもの交差点を渡る。
俺は大海原 駆。17歳の高校生だ。
運動はまあまあ、ルックスもまあまあかな。成績は全国トップクラス。そんな感じだ。
でも、成績はちょっとチートなんで、あまり自慢にはならないんだけどな。
俺は一度見たもの聞いたものを瞬間的に記憶する能力を持っている。だから暗記物は楽勝だし、授業も一度聞けば忘れることはない。音楽も一度聞けば歌えるので、カラオケには結構役に立つ。
膨大な情報量で頭がパンクするのではと思うかもしれないが、人間の脳は意外と優秀で、俺が人生をかけて記憶しまくっても容量的には全く問題ないらしい。すごいね。
まあ、これだけ聞くと羨ましいと思うかもしれないが、完全記憶というものは厄介で、時間が経っても記憶が薄れることがない。嬉しいことや楽しいことはまだいいが、忘れたい嫌な事、怖かったこと、気分の悪いことまで鮮明に覚えている。
だから、どうしても記憶と感情のコントロールが必要になってくる。幼いころから色々試したが、俺には絵を描くことが一番合っていた。
そんなわけで、俺は週末になるとお気に入りのカフェに向かい、窓際の席で無心で絵を描くことが習慣になっている。このカフェは美大の傍にあることもあって、マナーさえ守れば、絵を描いていても何も言われない。
嫌な事、忘れたいことを絵に描いて吐き出す作業は、得も知れぬ爽快感がある。重くなったスマホのデータをクラウドに移していくような感覚が近いかもしれない。
もちろん思い出せなくなった訳ではないので、記憶そのものが消えたのではなく、記憶の一番深いところに整理されているのだろう。
カフェに入ると、最近お気に入りのイタリアンパニーニとブレンドコーヒーを注文する。カリカリのチーズとベーコンがもちもちのパン生地にマッチしていて実に旨いのだ。
いつものようにスケッチブックに鉛筆を走らせていると、突然衝突音が響き、窓ガラスが震える振動で顔を上げた。どうやら目の前の交差点で交通事故が起きたらしい。黄色い軽自動車にトラックが突っ込んでいて、軽自動車の方は、原型を留めないほどグシャグシャに潰れている。
うわあ……可哀想にあれじゃあ即死だろうな。
えっ……、一瞬、軽自動車の上に女性が立っているのが見えた。瞬きをする間もないほどの時間だったかと思うが、確かにそこにいた。その証拠が俺の中に完全に記憶されているからだ。
周りの反応を見る限り、あの女性が見えたのは俺だけのようだった。一体彼女はなんだったんだろう。
漆黒のローブから覗いた輝くような銀髪に白磁のような白い肌。極めつけは、燃えるような紅い瞳。
人間離れした整った美貌に心臓が激しく鼓動する。初めて感じる激しい情動に押されるように、俺はスケッチブックを開き、夢中で鉛筆を走らせる。
いつもは忘れるために絵を描いているのに、今は彼女を描きたいという衝動が止まらない。
自分でも信じられないが、嘘はつけない。笑ってしまうが、あの秒にも満たない瞬間に俺は彼女に魅入られてしまったんだ。
それから2時間かけて絵は完成した。カフェを出ると街はもう黄昏時で、幻想的な景色に衣替えしている。
いままで考えたこともなかったが、ふと彼女の絵を飾るための額縁が欲しくなり、画材店に寄って帰ることにした。
店内の隅で見つけた銀製の額縁は、彼女の髪色にぴったりな気がして、勢いで買ってしまった。3万8千円と高校生には結構な値段だったが、お小遣いを貰ったばかりだったので、ぎりぎり買うことができた。しばらくカフェに行くのを我慢しないといけないが。
「ただいま」
「おかえりなさい。夕食は駆の好きなナスの肉詰めにするつもりだけどいいかしら?」
「マジで! ありがとう母さん」
二階の自室へ行き、さっそく部屋に飾ってみる。うん……いい感じだ。
下から、母さんがナスを揚げる音が聞こえ始める。夕食まで30分ぐらいかな……。
ベッドに横になり、そのまま飽きることなく彼女の絵を眺めていた。
どれくらいの時間眺めていたのだろうか。ふと気が付くと俺は真っ白な部屋に居た。
天井も床も壁もなく、部屋といっていいのかわからないが、俺の描いた絵が飾ってあるので、漠然と部屋なのだろうと思っただけだが。
ここはどこなんだとか、色々思うところはあったんだが、すべての思考は一瞬で吹き飛んでしまった。何故って、いつの間にか、目の前に銀髪の彼女がいたんだから。
彼女は、俺が描いた絵を眺めてポツリと一言呟いた。
「……良い絵。大海原 駆」
「ッ! あ、ありがとう。君は誰? ここはどこで、それから何故俺の名前を知っているんだ」
「……私はミコト。ここは神々が住まう処、高天原とかヴァルハラとかオリュンポスとか言えばわかる? そして、あなたの名前を知っているのは私が死神だから」
「し、死神って、なんで俺はこんなところにいるんだよ。まさか……俺、死んだのか?」
「そう。あなたは死んでここに来た。その理解で間違いない」
彼女、ミコトは一切表情を変えることなく淡々と答える。
「そんな……でも何で死んだんだ? ただ絵を眺めていただけだし、持病もなかったはずなのに」
「それについては、申し訳ないのだけれど、私の姿を見てしまったから。死神の姿を見たものは必ず魂を奪わなくてはならない決まり」
口調は丁寧だが、ミコトは恐ろしいことを口にする。つまり俺はミコトに魂を奪われ死んだのか。
呆然としている俺を見つめながらミコトは言葉を続ける。
「ただし、寿命が残っている魂を奪った場合に限り、死神の私に魂の扱いが委任される。貴方は私の姿を素敵な絵にしてくれたから。可能な限り希望を叶えてあげる。何か願いはある? ちなみに生き返らせるのは無理」
……生き返るのは無理か。正直頭の中、混乱でぐちゃぐちゃだけど、叶えたい願いなら、幸い目の前にある。
「……俺、ミコトさんに心を奪われちまったんだ。ずっと一緒にいたいんだ。だめかな」
「……? 私が奪ったのは心ではなく魂」
「いや、そうじゃなくて、惚れちまったってこと。ミコトさんが好きだから、一緒にいたいんだ」
「……そう。私を伴侶にしたいの。そういうこと?」
「伴侶? 夫婦のことか? あ、ああ。そうだ」
駄目元で言ってはみたものの、我ながら無茶苦茶なことを言っている自覚はある。でも彼女を前にして言わなかったら、きっと死ぬまで後悔する……いやもう死んでるけど。
「……困ったわ。人間と神は伴侶にはなれない」
ミコトがちっとも困っていない様子で残酷な現実を告げる。
ですよね~。分かってたけど、怒らずに検討してくれただけでも嬉しいよ。本当に。
「……なので、貴方には神になってもらう。私も伴侶が出来れば女神に昇格出来る」
「えええっ、いいの? いや、めちゃくちゃ嬉しいけど、でもどうやって神になるんだ?」
やはり神界にも序列みたいなものがあるのだろうか? 死神ってなんかブラックっぽいもんな。俺なんかがミコトさんの役に立てるなら、何でもやる覚悟はあるが。
「異世界で魔物の魂をたくさん集めてランクアップする。魔物は世界におけるバグだから排除すると神界ポイント高いし一石二鳥」
ミコトさんの説明によると、魔物を倒して人間の器を超える魂を集めると、より高位の存在にランクアップできるらしい。肉体のある世界で到達できるのは亜神までで、更に神に到達できる量の魂を集めれば神(仮)となる。この状態で死ぬと晴れて神になれるらしい。
「大体分かったよ、ミコトさん。それで、どれぐらいで神になれるんだ?」
「普通に転生を繰り返したら、早くて500年だけど、魔物狩りなら頑張れば100年ぐらい?」
「ひゃ、100年? そ、そうか。でも、そんなに生きられるかな、俺」
「問題ない。ランクアップすれば寿命は延びる。亜神になれば数百年生きることも可能」
「そっか。でも俺、数百年もミコトさんがいない世界で生きるのは嫌だな。1秒でも早くミコトさんと一緒になりたい」
「そう? なら魂が貯まったら私を呼んで。迎えに行ってあげる」
お迎えがミコトさんなら死ぬのも怖くない。むしろ最高まであるな。うしっ、何だか燃えてきた。やってやろうじゃないか。
「それで、俺はいつ異世界に行くんだ? ミコトさん」
「貴方に合った器が見つかるまでは送れない。良い器が見つかるように祈ると良い」
ミコトさんが言うには、魂を移す場合、臓器移植と同じように、適合率が重要らしい。転生ならば関係なく送り込めるが、死神であるミコトさんにその権限はないらしい。
「器が見つかるまで、俺はどうすれば?」
「? ここで私と暮らす。伴侶なのだから」
こうして俺とミコトさんの神界生活が始まった。
死神ミコトさん(作/管澤捻さま)