7.迷いと決断
「お嬢様」
「……レオ」
今は夜会の真っ最中。
レオと恋人のフリをして先程と同様、レオにエスコートされて夜会会場へと入れば、同じような反応を他の方々にもされた。
……でも、そんなことは今はどうでも良くなってしまった私は、ほぼ何もすることもなく、ただぼんやりとテラスから星空を見上げていた。
そんな私に、レオはワインの入ったグラスを持ってきてくれ、私に差し出しながら口を開いた。
「殿下から伝言を承りました。 ジュリア様の順番は、30番目だそうです」
「分かったわ。 有難う」
レオが持ってきてくれたワイングラスを受け取り、そっと口を付ける。
少し苦味を感じるそのワインは、私の好みそのもので。
(……レオは、私のことを良く分かってくれている)
そのワイングラスを思わず見つめていると、レオがそっと口を開く。
「……まだ、お考えなのですか」
「……えぇ、そうね」
私は少しワインを振って、再度口にすると、レオも隣に立って空を見上げた。
その藍色の瞳に映る星空が輝いて綺麗に見える。
私はそんなレオの横顔を見て言った。
「……レオは……、私と居て、幸せ?」
「え?」
口に出た言葉は、私にとっても思いがけない言葉で。
レオも驚いたように目を見開き、私を見下ろした。
(っ、わ、私、何でこんなこと……)
「っ、ち、違うの。 それが言いたいのではなくて。
……ただ、レオが私に仕えてくれているのは、レオにとって本望なのかどうか、聞きたいなと思っただけ」
「私の、本望ですか?」
レオはそう言って口を噤んだ。
それを見て、私は顔が青ざめる。
(いやいやいや、私何を聞いているの。
私にレオが仕えてくれているのは、殿下の命令であって、私が一番命を狙われているからで……)
そう自分で言っておいて、何処かで傷付く自分がいて。
……レオにこの答えを聞いてしまったら、立ち直れないかもしれない。
そう思った私は、残っていたワインを一気に飲み干すと、レオに告げた。
「い、今のは忘れて。 ……もうなくなってしまったから、ワインを取りに……!?」
そう言おうとした私を、レオは遮った。
……それは、レオが私の腕を引いたからだ。
そして、レオは何をするかと思えば、私の肩に顔を埋めた。
「っ、れ、レオ……?」
肌に直接レオの白銀の髪が触れて擽ったい、と言おうとしたけれど、その前にレオが口を開いた。
「……本当、お嬢様はずるいです」
「?? ずるい?」
レオの呟きに私は首を傾げれば、レオはふっと笑ってゆっくりと顔を上げる。
その顔の近さに驚く私に、レオは言った。
「……お嬢様に、正直私は嫌われているのではないかと思っておりましたが……、そうではないようで安心致しました。
私は確かに、殿下に……、エドワードに託されて、こうしてジュリア様の従者になりました。
本望かどうか、とお嬢様はお尋ねになられましたが、私は」
そこでレオは区切り、私の手を握ると、見たことのないような綺麗な微笑みを浮かべて言った。
「貴女様に出会えて幸せです」
レオの言葉に、私は一瞬息をするのを忘れた。
(……しあわ、せ……?)
私と、出会えたことが?
(レオにとって、私と出会えたことが“幸せ”なら、私は……)
私はレオの手を握り返すと、それに驚いたレオに向かって笑みを浮かべた。
「有難う、レオ。 そう貴方が言ってくれて、やっと迷いが吹っ切れたわ。
……もう少し、私に付き合ってくれるかしら?」
その言葉で、レオはピンと来たらしい。
レオはふっと微笑むと、胸に手を当て口を開いた。
「はい、勿論です」
私はその言葉にようやく、心の中がすっきりした、そんな気がした。
☆
「ジュリア、待たせたね」
「いえ、元はと言えば私の我儘を聞き入れて配慮してくれたのでしょう?
お陰で迷いが吹っ切れて、自分の中で答えが出せたわ」
「……ふふ、そうか。 それは良かった。 それで、君の答えを聞こうか」
そう言ったエドワード殿下に向かって、私は自分が出した“答え”を殿下に向かって切り出した……―――
そして全てを話し終えると、殿下は私の去り際、口を開いた。
「あ、せっかくだし、君達はダンスを踊ってきたらどうかな? 恋人同士で」
「!! ……ちょっとエド。 人のことをからかっているの?」
「さあ? ただの提案だよ、提案」
エドの軽い調子に、私は少しため息をつきつつ、「まあ、時間があったらね」と返してその場を後にする。
そんな私を、エドが少しだけ悲しそうな瞳で見ていたことに、私は気がつく由もなかった。
☆
「……さてと。 まだ婚約者候補の発表まで時間があるのね」
「はい、そのようですね」
会場へ戻る途中、私はレオにそう言えば、私をエスコートしながらレオがそう答えた。
私はそんなレオをチラッと盗み見し、肩を少し回して言った。
「あ〜、久しぶりに踊りたい気分だわ」
それを聞いたレオは、ふっと小さく笑う。
「……ちょっと、何がおかしいのよ」
笑われるとは思っていなかったから、思わずジト目でレオにそう問えば、レオは「いえ」と笑って口を開いた。
「……ジュリア様は、素直ではありませんね」
「っ! ……ふん、良いわよ。 誰かイケメンな殿方を見つけてダンスしてくるか、ら!?」
最後まで言う前に、レオにぐいっと腕を引っ張られ、私は思わずレオの胸に飛び込む形になる。
ハッとした時には、レオの不機嫌そうな顔がドアップに映り込んでいた。
(っ、れ、レオ、最近距離が近すぎではないかしら……!)
なんていう心の叫びなんか彼には届くわけもなく、レオはニコリと、いつもの黒い笑みを浮かべて言った。
「イケメンの殿方と? ……やめておいた方が良いかと思われますが」
「っ、だ、だって踊りたいんだもの!」
私がそう文句を言えば、レオはふっと真剣な顔をして言った。
「……だったら」
彼は今度はぐいっと私の腕を引いて会場へと足を踏み入れる。
そして、私にしか聞こえない声で言った。
「今日は、目の前にいる男で我慢して下さい」




