5.殿下の提案
「何、私の話をしているの?」
「「!」」
突如私の背後から現れた殿下に、私とエイミー様は驚く。
特にエイミー様は、分かりやすく火照った頰をさらに赤くさせ、「あ、う……」と声にならない言葉を口にした。
それを見て可愛い、と思いつつ、完全に殿下を目の前にして思考回路が停止しているエイミー様に代わって殿下に返さなければ、と思った私は口を開いた。
「殿下、盗み聞きはいけませんよ。
特に淑女の会話を聞くのは言語道断です」
「おっと、相変わらずジュリアは手厳しいね。
でも確かに、盗み聞きは良くないな。 以後気をつけるよ。
……エイミー嬢にも、申し訳ないことをしてしまったね」
「! い、いえ! わ、私は、その……お話できて、う、嬉しいです……!」
(……あら、大胆)
私はそれを、殿下に対してだと捉えたが(側から見てもそうだと思う)、その言葉を勘違いした殿下は私に笑みを浮かべて言った。
「そうか。 良かったね、ジュリア」
「……」
(今のは貴方に向けられた言葉よ……!!)
というツッコミを必死に抑えて、私は笑みだけ返し、困ったようにエイミー様に小さく肩をすくめてみせる。
エイミー様は私と殿下を交互に見て小さく笑ってくれた。
(……あぁ、この子は本当に優しい方なんだわ)
とエイミー様が良い子であることを認識したところで、殿下は私達から離れて王座の前に行き立ち止まると、私達に向けて爽やかな笑顔で言った。
「今日は少し早くから集まってくれて有難う。 ……君達も知っての通り、最近は良からぬ噂が横行している」
その言葉に、少しだけ周囲がざわめく。
それを見た殿下は、少し息を吐いてから口を開いた。
「……私の婚約者候補というだけで、君達を危険に巻き込んでしまってすまない」
そう殿下が本当に申し訳なさそうに言うのを見て、皆息を飲む。
(……殿下を見るからに、やはり婚約者を簡単に決められないのには、何か事情があるのね……)
そんなことを考えていると、殿下は一瞬、こちらに目を向けてから、また真っ直ぐと前を向いて口を開いた。
「だから、君達の安全を確保する為にも、今夜のパーティー中に、君達の中から婚約者候補を絞りたいと思う」
「「「!!」」」
今度こそ、御令嬢方にどよめきが広がった。
「え、この中から絞られて、選ばれなかったらもう、婚約者候補から外されるということ?」
「そ、そのようですわ……」
「え、どうしましょう……」
(……皆、自分の家の心配をしているのね)
それはそうだ。 この御令嬢方の中には、躍起になって“王妃”の座を狙うご両親を持つ方は少なくない。
だから、何が何でも殿下に気に入られないと、という使命に囚われている方も多いのだ。
(ここで落ちれば、家の名誉に関わる)
そう考えているのだろう。
(……私の家は、私の好きなように、でお父様は通してくれているけれど、普通はそうでない方が殆どなのよね……)
この国は本当に生き辛いと、心底思ってしまう。
そんな私の複雑な心境とは裏腹に、殿下は御令嬢方が静かになるのを待ってから話を進めた。
「決めるに当たっては、今夜の夜会の中で、順番に一人ずつ私と話をしてもらって決めようと思う。
必ず、ここにいる御令嬢全員と話をさせて貰いたい。
……この話を、受け入れてくれるだろうか」
殿下の言葉に、先ほど話をしていたシャーロット様が声を上げた。
「はい、勿論ですわ。 殿下のお話に、私は賛成致します」
「私も、異論は御座いません」
シャーロット様を筆頭に、皆口々に同意する。
殿下が私を見たので、同意の意を込めて頷き返すと、殿下は少し微笑みを浮かべてから再度、前を見て言った。
「有難う。 ではまた後ほど、話す順番はなどはこちらから指定させて貰うということで、パーティーが始まるまではこの場で待機していてほしい」
「「「殿下の、仰せのままに」」」
私達はそう声を揃えて一礼すると、殿下も頷きを返して会釈をして立ち去って行ってしまう。
殿下が立ち去ったのと同時に、皆のどよめきは再度広がった。
「どうしましょう……! もし、候補から落ちてしまったら……」
「お、落ち着いて。 まだ落ちると決まったわけではないのだから……」
「私、緊張してお話出来ないかもしれないわ」
口々に後ろ向きな発言をする御令嬢方に、オリアーナ様は少し息をついて、「結構急な話よね」とコーヒーを一口飲んだ。
そして同意するように頷いたエイミー様の手が震えているのに気付き、私は元気づけるために口を開いた。
「……エイミー様、大丈夫ですよ。
殿下は、緊張してうまく話せなくても、しっかりと話を聞いて下さる方ですから」
「……! ジュリア様……」
有難う御座います、とエイミー様は少しだけ緊張から解れたように笑みを浮かべて言った。 私も笑みを返すと、シャーロットが口を開いた。
「……ジュリアは、大丈夫なの?」
「? 何が?」
シャーロットの言っている意味が分からなくて首を傾げれば、シャーロットは紅茶に手をつけながら口を開く。
「エドワード殿下のこと。 ジュリアが従者のレオン様と恋仲になったということは、エドワード殿下の婚約者にはならない、ということよね?」
「……えぇ、そうなるわね」
私が頷きを返せば、シャーロットは「本気なのねぇ」と再度紅茶を啜りながらふーっと息を吐く。
「複雑だわぁ。 確かに、私はレオン様を推しではあるけれど、エドワード殿下という幼馴染枠も捨て難いと思っていたわ……」
(は? 推し?? 捨て難い???)
「まあ、一番恋に疎いジュリア様がようやく、レオン様との恋に目覚められたことを思えば、それはそれで萌えではあるけどねぇ……!」
(……あ。 これはいらないスイッチ入ったかもしれないわ)
「しゃ、シャーロット。 私のことは良いわ。
それより、シャーロットはどう思う?」
「あぁ、私? 私も殿下の案で良いと思うわ。
この4年間、誰が婚約者になるかで気が気でない生活を送っていたのは皆同じだと思うから、ここでもう望みを切ってしまって、新しくお相手を探す期間も設けるべきだと思うの。
……あまり大きな声で言えないけれど、中にはもう、心に決めたお相手がいる方もいらっしゃるみたいよ」
「あら、まあ」
それは初耳だった。
……確かに、私を含め、とっくに皆結婚適齢期を迎えている御令嬢が殆どだ。
一番幼くて結婚適齢期少し前の14歳、そして一番上が23歳。
殿下はレオと同じ、今年で19歳だから、それを考えるとギリギリなのかもしれない。
「殿下もそろそろこの国を継がなければいけないだろうし、それを考えたら確かに、この時期が限界ね」
「そうね」
私の言葉にシャーロットが同意したところで、レオが私を呼びに来た。
それにまた二つに分かれる悲鳴が聞こえてきたから、私は今度は足早にその場を立ち去ったのだった。
☆
「〜〜〜ちょっと! さっきのあれは何だったのよ!?」
「芝居ですね」
「芝居ですね、ではなくて! ちょっと行き過ぎだと思わない!?」
廊下に出て誰もいないことを確認してから私は、一気に思っていたことをレオにまくし立てる。
そんな私の言葉に適当に相槌を打ちながら、レオは顔を顰めた。
「お嬢様が作戦の為、私を恋人役にしたのですよね?
第一、私が芝居をしないと、お嬢様が全く恋人に見えない行動をされるので気が気ではなくて」
「っ、そ、それは認めるわよ!! 芝居下手だってことは……!」
「あぁ、認めるのですね」
しれっと、何でもない風に言う従者に私は静かな怒りがこみ上げる。
(……あんなこと毎回されたら、こっちの身がもたないわよっ……!)
「お嬢様、何か文句でも?」
「えぇ、それは山ほどね……!」
「お嬢様は我儘ですね」
なんて二人で言い合っている内に、殿下の部屋の前に着く。
「……あれ、そういえば私、どうして殿下に呼ばれたの?」
「さあ? 私と二人でということもあるので、十中八九、私とジュリア様の仲のことでも聞きたいのではないですか」
「……本当、貴方殿下のことになると適当ね」
私が少し呆れてそう言えば、レオは「まあ、それが普通ですから」と無表情に言い放ち、殿下の部屋をノックしたのだった。