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4.従者の演技

「……いよいよね」



 ポツリ、と私が呟けば、レオが「そうですね」と同調して頷く。

 私の目の前には大きな扉。

 ……この先には、婚約者候補のお嬢様方と付き人、それから殿下がいる。

 いわば、“戦場”だ。



「……行くわよ」

「えぇ」



 レオが私の言葉に頷いたのを確認して扉を開けるよう指示すると、ゆっくりと大きな扉が開く。

 そして一斉に向けられる、刺すような視線。



(……何これ、怖いわ)




「……さあ、ジュリア様。 会場に着きましたよ。

 行きましょう」



 思わず固まってしまっていた私をハッとさせたのは、レオの心なしか温かな微笑みと手で。

 私は一瞬、呆気にとられたけれど、これは演技だと気付き、「えぇ」と微笑み返してその手を取る。

 すると、何やら黄色い悲鳴と叫び声に近い声が会場中に響き渡った。




(……え、え、これはどういう反応?)




 私の驚きとは対照的に、レオは平然と私の手を引いて歩き出す。 私もそれに合わせて歩き出すと、また響き渡る先ほどよりは控えめの悲鳴。

 チラ、と会場にいる候補……ザッと30人はいるだろうか、に目を走らせると、向けられている視線は、両極端に分かれた。

 その多くは羨望に近い眼差し、そして数名は何故か私をキッと睨む方や、中には泣いている方までいた。




(え、本当に、これはどういう反応??)




 きっと、レオがエスコートをしている時点で、私とレオが親密な関係ということは伝わっているはず。

 ……それを、どうして好奇な目はともかく、泣いている方や睨む方までいるんだろう……?



(……あ)




 ここで私は、重大なことを忘れていたことに気がついてしまった。




(……〜〜〜〜〜そうだったわ……!!!!)





 なんと言うことだ、と私は頭を抱え込みそうになった。

 そして、隣を前だけ見据えている従者……レオに、恨みがましい視線を向けてみた。





(……この人、仮にも一部の女子からモテているんだったわ〜〜〜!!!)





 前にも言ったことがあるだろう。

 うちの従者は何故か、主人である私に対しても辛辣な言葉をツラツラと述べたりと、どこを取っても冷たいと言うのに、あろうことか、一部のお嬢様方からそれはそれは大層なモテっぷりだと言う。

 噂には聞いたことがあったが、初めて目の当たりにした。

 そして、いつしか聞いた噂の中の、彼の評判を思い出す。



(……“クールビューティー”、“氷の仮面の君”……仮面もくそも、この人は根っからの辛辣従者ですけど!!!)




 確かに、頭脳も剣術にも長けているとは思う。

 けれど、四六時中いれば、この人は鬼で、決して優しいとかいうモテる類の性格は持ち合わせていないことが、嫌という程分かるっていうのに……!!




「……ジュリア様? お加減が優れませんか?」

「へ?」




 気がつけば、ドアップの端正な顔立ち。




「〜〜〜〜!? だ、だだ大丈夫よ! 平気よ私は……!」



 何を言っているのか最早不明だが、何とかそう返すと、ふっと従者は笑って「そうですか?」と口にした。

 その笑顔を見たお嬢様方からは「きゃー!

 」と黄色い歓声が上がるが、私は逆に憤った。



(何が“そうですか?”よ……! しかも皆様勘違いされているようだけれど、あれは微笑みではなく、完全に私を馬鹿にしている顔なのよ!!)




 淑女たるもの、イラッとした顔をするわけにもいかず、ただ目だけは笑っていないであろう私に、レオはクスリと笑ってから空いている椅子を引いた。



「さあ、どうぞ、ジュリア様」

「えぇ、有難う、レオ」



 私はそっと腰を下ろして分からない程度に小さく息を吐いたのと同時に、レオは再度私の手を取った。



(……へ?)



 次は何をするんだ、と身構えた私の目の前で、レオは何を思ったか、胸に手を当てて言った。




「では、私は壁に控えておりますので、何か御座いましたら遠慮なくお手を挙げてお申し付け下さいませ」




 私だけのお嬢様、そう言って彼は、大胆なことに私の手に口付けをしたのだ。

 これには私も、軽く目眩がした。

 その後ろで、バッターンと誰かが椅子から落ちる音まで聞こえ、私は思考回路が停止する。 そんな私の反応を見た彼は、一瞬、会釈をして立ち去る前にニヤッと笑ったのを私は見逃さなかった。





(……貴方、芝居にも程があるわよおおお!!!!)






 そんな私の虚しい心の叫びは、ただの心の中の叫びで終わってしまう。

 ……そしてここから、新たな波乱の幕開けとなってしまったことに、私は気が付きたくなくても気付いてしまったのだった。






 ☆





 私の座った席は、丸いテーブルを囲むようにして5人掛けとなっているテーブルの、一番王座に近いテーブルだった。

 そんな円形のテーブルは7つほどあり、計35名の方々が座っていた。

 そして問題は、私のテーブルのメンバーである。


 私のテーブルには、侯爵令嬢の私を含めた3人(内一人はエイミー様)と、後はあまり話をしたことがない辺境伯家の御令嬢一人、それから伯爵家の御令嬢一人が座っている。

 こういう場を設けられた時は大抵王座に近い席には、私のような名目上の身分が高い御令嬢が座る、という暗黙のルールがある。

 ……私としては、撤廃したいのだが。

 出来ればエドに近い場所には座りたくはない。



(エドとはなるべく関わり合いになりたくないもの)




 まあそんな我儘なんか言うわけにもいかず、大人しく座っていると、早速私に伯爵家の御令嬢が声を掛けてきた。



「じゅ、ジュリア様!! 遂に、遂にレオン様と結ばれたのね……!」

「は、え、えぇ」

「っ、やっぱり!」



 そう何故かきらっきらと喜色満面の笑みを浮かべるこの御令嬢は、私の親友でもあるシャーロットだった。

 シャーロットとは、女学校時代を共に過ごし、とても仲が良い。

 彼女は社交的だが、少し難点なのが、何でもすぐに恋話に結び付けてしまうのが悪い癖だった。

 案の定、彼女は誰も周りが言い出せないような、私とレオとの仲を先陣を切って話しかけてきたのである。




「レオン様とジュリア様は、絶対にお似合いだと、皆の中でも評判だったのよ〜! 確かに、殿下ともジュリア様はお似合いだと思うけれど、ジュリア様と会話をするときだけ見せるレオン様の表情は、それはとても柔らかな表情を浮かべていらっしゃって……!」

「え、は、はぁ」




(柔らかな表情? あれのどこが柔らかな表情なのよ……!)



 色々突っ込みたい衝動に囚われたが、彼女の恋話(?)もまあ止まらなくて、適当に相槌を返していると、不意にガチャリ、と紅茶のカップを置く大きな音が鳴った。

 驚いて見れば、それはエイミー様のお隣にいた侯爵令嬢のオリアーナ様で。 そのオリアーナ様のお顔には、完全に眉間に皺が寄っていた。



「シャーロット様、少しは口を慎めないのですか? ジュリア様も、浮つかないで下さいませ。

 こちらには皆様、遊びで来られているのではありませんのよ」



(! ……そ、そうよね。 これは、オリアーナ様の言う通りかも)



 ここには皆、エドワード殿下が本当に好きな方や、家や将来の為を考えてこの場にいる方ばかりなのだ。

 ただ私が、婚約者候補から外れようと場を乱すことは軽率な行為なのだ。



(……少しやり過ぎてしまったわ)



「……ごめんなさいね、オリアーナ様。 少し浮かれておりましたわ」

「も、申し訳ございません」



 私とシャーロットが謝ると、オリアーナ様は少し笑って「まあ、気持ちは分からなくもないわ」と言った。

 その言葉に私は少し引っかかったが、まあ良いか、と流すと、今度はエイミー様が口を開いた。



「……あ、あの……、ジュリア様」

「? 何でしょう?」



 鈴のような高い声を震わせるように、少し小さくなりながら、エイミー様はおずおずと口を開いた。



「ジュリア様は、その……、殿下のことは、どう思われているのでしょうか?」

「エドワード殿下のことを?」




 コクッと小さく頷く彼女の頰が少し赤いことに気付いた私は気が付いた。



(エイミー様は、本当に殿下のことを好きなんだわ)




 だから余計に、私を排除してエイミー様の恋を実らせようとする方も多くいらっしゃるんだわ、と納得して、私はエイミー様に向かって口を開いた。





「私は確かに、エドワード殿下とは幼馴染だけれど、私は殿下に対して」

「何、私の話をしているの?」

「!」






 私の言葉を遮るように、そう聞き慣れた声と共に現れたのは、つい先日ティータイムに訪れた、私の幼馴染のエドワード殿下だった。

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