45.エピローグ
最終話です!
「お嬢様」
「! ……レオ」
陽が落ちた夜空の下、熱気が籠る会場からバルコニーへ出た私に、レオは「お身体が冷えてしまいますよ」と着ていた上着を脱いで肩にかけてくれる。
それに対してお礼を言いつつ、ふと疑問に思い口を開いた。
「そういえば、いつまで敬語を使うの?」
「!」
そう思わず口にした私に対し、彼は苦笑いを浮かべる。
私はそれに対して何も言わず、代わりに先程のことを思い出して笑みを浮かべて言った。
「でも、本当に良かったわ」
そう口にしてから会場の方を見やれば、エドとエイミー様が照れたように笑い合っているのが視界に映る。
あの後、エイミー様の今後についてにはまだ続きがあった。
侯爵という位は無くなってしまったものの、特例でエイミー様は生涯シーラン家の名を名乗ることを許された。 又、以前にも約束していた通り、エイミー様の御両親の形見は全て彼女の物となり、そして、あの広い侯爵邸は王家の所有地となった。
「私にも、肉親を失った痛みは良く分かる。
御両親を突然失った上、それに代わる伯父様には虐げられていたんだもの、彼女には幸せになって欲しいとそう思っていたけれど……、まさか、エドが此処まで大胆なことをするなんて思いも寄らなかったわ。 レオは知っていたの?」
私の問いかけに、レオは「いえ」と首を横に振った。
「私も存じ上げませんでした。
……ですが、エドワード殿下らしいなとは思います」
「! ふふっ、それもそうね」
その言葉に思わず笑みを溢せば、レオが小さく、「私も、」と口を開いた。
「殿下に負けてはいられませんね」
「え……、!?」
レオはそう言うや否や、私の手をそっと包むように握った。
そして、向き合うような形になった私に対し、ゆっくりと口を開く。
「今日で、私達の主従関係は終わります」
「! ……」
その言葉に、私は思わずドキッと心臓が高鳴った。
そんな私の震えに気付いたのか、彼は「でも、」と口を開く。
「俺は、ジュリアの側に居たい」
「……っ」
はっきりと、従者としてではないその真っ直ぐに告げられた言葉に心が震える。
レオはそのまま言葉を続けた。
「俺は……、君を守ることが出来れば、それで良いと思っていた。 それが何よりの幸せだと。
その思いを胸に鍛錬を続け、そして念願叶って4年前に再会した君は、他者の為なら形振り構わず無茶をする、そんな困ったお嬢様だった」
「!? ちょっと待って、それって悪口じゃない!?」
黙って聞いていた私が思わずそう声をあげるが、彼は「最後まで聞いてくれ」と真剣な表情で言うものだから、思わず黙ってしまう。
「最初は、侯爵令嬢なのにお転婆で無茶な行動ばかりする君を見て、ヒヤヒヤしてばかりでかなり厳しく怒ってしまうことが殆どだったと思う。
……それこそ、今思えばジュリアが嫌いだと思って当然な振る舞いをしていた。
だけど、それは全て君を嫌いなのではなく、大切に思っていたからだ」
「……!」
そう言って、レオはまるで慈しむかのような目で私を見て言葉を続ける。
「例え君に嫌われていても、君が必要としてくれる限り側で守ることが出来るのならそれで良いと思っていた。
……だけど、困ったことにそんな日々を重ねるにつれて、淡かった幼い恋心は、大きくなるばかりだった」
「!!」
初めて彼の口から語られる彼の想いに、私は思わず呆気に取られる。
そんな私を見てレオは照れ隠しに笑い、口にした。
「……だけど、ふと思い出すんだ。
エドの婚約者が決まれば、こうして君の隣に居られることが当たり前ではなくなってしまうんだと。
この関係がいつまでも続くことはないんだということを、俺はずっと馬鹿みたいに考えていた」
「! レオは……、職業訓練と称して私のところへ来てくれたでしょう?
もし私が貴方の想いに気付いていなかったら、どうしていた?」
私がそう尋ねれば、彼は「そうだな」と瞳と同じ色の空を見上げて呟いた。
「俺の頭の中では、騎士になって君に仕えることが全てだったから。
もしこのままその役目を終えていたら、ずっと正体を隠し続けて元の本業の方に身を投じていただろうな」
「! ……そう」
私はその言葉を聞いてギュッと彼に握られていた手に力を込めると、レオに向かって問いかけた。
「っ、本当にこれから先もずっと、貴方は私の隣に居てくれるの?」
「! ……え」
「貴方は、私の隣を歩く道を選んでやっぱりやめておけばよかったと……、そう後悔したりはしない?」
「っ、そんなの」
レオが怒ったように息を吐いたかと思えば、ぐいっと強い力で腕を引かれる。
彼の胸に体を預ける形でその胸に飛び込めば、力強い腕の中に抱き締められる。
驚く私に、彼は小さく呟くように言った。
「するわけがないだろう……!」
「!! ……レオ」
その力強さに、思わず涙が込み上げる。
私もその背中に腕を回し、それに答えた。
「私もよ、レオ。 貴方が側に居ない日々なんて、もう二度と嫌なんだから」
「!! ……ジュリア様」
バッと、効果音でもつきそうなくらいの勢いで私を引き剥がして顔を見る彼に、思わず笑みが溢れる。
「敬称、戻っているわ」
「あ……」
レオは恥ずかしそうに、「身体に染み付いてしまっているので」と笑いながら言った。
私もクスリと笑みを溢し、「ねえ、レオ」と彼に向かって口を開く。
「主従関係が終わるこの日の最後に一つだけ、命令しても良いかしら」
「っ、はい、何でしょう」
レオがその言葉に、ピンと背筋を張る。
私はそんな彼の藍色の瞳を真っ直ぐと見て、はっきりと告げた。
「もう二度と、この手を離さないで」
「!」
レオはその言葉に驚いたように目を見開いた後、やがてふっと困ったように笑って口を開いた。
「……お嬢様、お言葉ですが、それは命令になんてなりませんよ」
私の言葉にレオはそう言いつつ、心から幸せそうな笑みを浮かべるとぐっと私の体を抱き寄せた。
そして……
「ジュリア様の仰せのままに」
そう口にした彼と、その永遠の誓いを口付けと共に交わしたのだった。
―――……数年後
静かな部屋の一室で大きなノック音が響く……や否やすぐに扉が開き、白の髪を振り乱して一人の女性が現れるのを見、この地の領主である男性の藍色の瞳が大きく見開かれる。
「ど、どうした、何があった!?」
そんな彼の言葉に対し、月日を経て成長した女性は落ち着きがなく部屋に入ってくると、彼に詰め寄った。
「ねねねねね!」
「!?」
いつの頃だかを思わせるような口振りで、彼女はその“元”従者、そして、今は夫でありこの地の領主に向かって言った。
「レオ、今日から私と“この子”の、家族になってくれない?」
「?? この子……っ、まさか」
彼はハッとした顔をし、彼女のお腹のあたりを見る。
彼女もまた、そのお腹に手を置き、目に涙を浮かべて頷いた。
それに対し、彼の考えが確信に変わり彼女と同様目に涙を浮かべ、その彼女をふわりと優しく抱きしめて口にした。
「……っ、勿論だ、ジュリア。
一緒に……、またゆっくりとこれからのことを考えよう」
「! ふふ、そうね。 一緒に考えましょう。
“昔”のように」
次期王妃候補の一人であった侯爵令嬢とそんな彼女に期限付きで仕えることになった従者。
嫌いなはずだった従者を仮の“恋人”にした令嬢は、数多の困難を二人で乗り越えていく内に、そんな彼の一途な本当の愛を知る。
彼女の命令で仮の婚約者となったあの日は間違いなく、彼等の運命を大きく動かす歯車となり、今も尚、その歯車は彼等の未来を紡ぎ続けている。
(『脱婚約者候補を目指して、超絶辛辣な従者と恋仲になります!』 END)
大変長らくお待たせしてしまい申し訳ございませんでした…!><
執筆開始から一年以上が経ってしまいましたが、無事に完結することが出来ました!皆様のお陰です!!
書きたいことが多くまとまらない…とあれこれ考えながら作った結果、盛大に時間がかかってしまいました(汗)兎も角、無事に完結出来て今はホッとしております(笑)
本編はこれにて終了ですが、後もう一話だけ、番外編という名の従者である“レオ”(レオン)の幼い恋心を描いたお話を書かせて頂きたいと思います。全ての始まりである二人の出会いの物語として、今週末に更新予定ですので、もう少しお付き合い頂けたら幸いです。
最後になりましたが、本編最後までお読み頂き有難うございました!
2020.12.9.




